Ep.18 悪を裁く神父

「もはや呻く気力も無いか。無残だのう、鳴神」

 顔は腫れあがり、足は違う方向に曲がっている。

 腕も折れ、ここにこうして座っているのがやっとだ。


 持てるものと、持たざるもの。

  “管理権限伝送路スーパーチャネル” の作り出した、絶対的な格差。何故これを “管理者” が封じたのか。俺はこの身で嫌というほど実感させられていた。


 吐き出した血が、回りに散っている。

「……か……はかり、秤……う、うぐ……」

 朦朧とする意識の中、それでも立とうとした。


「バーチャルの死は、やはり “ままごと” に過ぎぬ。だが、この “伝送路スパチャ” はそうではない……完全な “消失ロスト” を与えることも可能だ」

 声に嗜虐を含ませながら、悪代官・焔丈は、自らの拳を握り、開いた。

 輪郭に沿って、赤色のオーラが明滅している。


「お前に止めを刺し、直接 “にじ” と “ホロ” の征服に向かいたい所だがな。最後に余興をせよ――ワシに、謝罪しろ」

「……嫌なこった」

「出来ぬか。 “にじ” と “ホロ” のリーク者を公開する、となれば。どうだ?」


 それは……! 自分でも、初めての焦燥だ。

「ワシの “力” をもってすれば、お前の頭の中を覗き込むことすら可能だ。引き出した情報をばら撒けば、どうなる。協力した者は、間違いなく焼かれるだろう。怨嗟の声を上げながら」


「やめろ、それだけはっ」

「お前が本当に大事にしているもの。それは、秘された仲間達との “絆” よ。縛られて生きておるのう、鳴神。クハハハハッ!」

 俺は血の零れた口で、歯噛みする。

「く、くそっ」


「“にじ” と “ホロ” 、これからのバーチャル界は。このワシ、 “物申す” に炎上を提供するために存続する。業界のピラミッドは再編され、頂点にワシが立つ!」

 普段なら世迷い言だが、今だったら現実そのものだ。


「そのセレモニーとして、お前の仲間を晒し者とする。時代の始まりとなる、最初の炎上だ……だが。お前がここでワシに謝罪するなら、考えてやろう」

 俺は……、枯れ葉だらけの地面に、両手を突いた。

 指を揃え、腰を折り、頭を下げる。


「そうだ。いいぞ、クフフフ、ハハハァ……!」

 奴は片膝を突いて、俺の顔を覗こうとする。

 赤い隈取りが、凶悪な笑いで歪んだ。

 震える声を絞って、俺は言おうと試みる。

 俺が守ってきた矜持が、壊れてゆく音がした。


「今までのことを……謝る、ります、も……申し、わけ……」

「そうだ、詫びろ! ワシに謝れ!」

「……申し訳、ござい……」


 ふと、地に付けた指の間の、微かな光芒に気が付いた。

 奴が顕現してから、延々と続いてきた曇り空に、穴が開いたのか。

 点は徐々に広がり、俺を包んで光の溜まりを作る。


「なんだ……これは?」

 悪代官・焔丈も、懐疑の声をあげた。

 俺は、霞んだ目で空を見た。


 降ってくる光は、幾筋も注いで、俺を暖める。

 光が強さを増した。何も見えない。

 視界の全てが、俺自身が、光に還元されてゆく……。



 ……日溜まりに満ちた、ここではないどこか。

 そのまま眠れるような低い背もたれの寝椅子に、俺は腰を起こして座っていた。少し離れて、同じ寝椅子が並べられている。


 そこに居たのは――。

「鳴神君」

 スーツを着た女性。だけど声は男のもので。

 髪飾りと、開いた襟に見られる羽のような意匠。

 忘れもしない。さきちゃん。


 統計と考察を “行っていた” Vtuber、烏丸さき。

 Vtuberが絶滅した未来の世界線から来たと言っていた。滅亡を回避するのが使命だって。何故か俺に興味を抱いたらしく、やたらとくっついてきたっけ。俺はこいつのプロフィール、半信半疑だったけれど。


 俺は、さっきまで何の話をしていただろう。

「鳴神君には、相方が必要なんですよ。どれだけディスっても倒れない、逆にディスり返してくれるような、そんな相方が」

「それはお前がやってくれるんだろ?」

「僕じゃあないですよ。でも、そういう人が必要です。今のままじゃ、通り魔的に周りをボコっているだけになっちゃいますし。皆、君を誤解しているんです」


 俺は背もたれに身を預け、眠る姿勢を取った。

 日差しが暖かい。

「相方ねえ。有り得ないと思うが……、まあお前の言うことだ、心には留めておくとするか」

「いますよ。探せば、きっとね――」


 さきちゃんが、微笑む。

 俺は目を瞑った。

 これは、いつだったかの、会話の記憶だ。

 何で消えたんだよ、さきちゃん。


 SUPER CHANNEL : Red


 目を開く。

 降り注ぐ、膨大な赤虹が、俺の身体を組み替えていた。

 折れた腕が繋がり。

 腫れた顔の熱さが、消えてゆく。

 ねじれた脚が、元の形に戻る。

 傷が癒えてゆく――。

 ぼろぼろのカソックは、元通りに、いや。

 今まで以上の黒を湛えて、繕い直されていった。


「馬鹿な――、未来からの “伝送路スパチャ” だと!」

 遠くから、うろたえる悪代官の声が聞こえた。

 身体から失われた力が、取り戻される。


 さきちゃんの声がした。

 “悪代官は酷い夢を見せたろう。でもね。どんな未来が待っていたとしても。その時、君はきっと抗っている。根っから諦めが悪いからね。そんな人がいてくれるなら、僕の余計な口出しは、もう要らない”


 気力が、それ以上の何かが、身体に満ちる。

 “だから――未来で会おう、鳴神君”

 光の向こう側へ、手を伸ばす。

 それは日溜まりの外側だ。

 やさしい世界から、酷薄で、答えの見えない世界へ。

 俺は自らの意思で、脚を踏み出す。

 

 光を抜け、取り戻した視界で。

 ……悪代官・焔丈を睨む。


「ぬうう、その鷹のような目、貴様!」

 俺は宣告した。

「悪代官。これ以上、泡沫うたかたの夢を壊すなら――」

 光の中から、生まれ直した黒。

 執行者。鳴神裁が。

「俺が、お前を裁く!」

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