Ep.17 謝ったら、負け

 嵐のような乱戦。

 数で詰め寄り、ついに飛び掛かってきた “悪代官チルドレン” と、 “物申す界隈” の住人達、そして “学術たん” 達の応戦が始まった。瓦礫の塔の傍に座るスシテンコ先生のデスクの周囲で、壮絶な殴り合いが広がっている。


「俺も行くぜっ」

 矢も楯もたまらず、饗乃ろこ――ロリパコも災禍に突っ込んでいった。


「ぶち殺しますわァ!」

 学会で使うパイプ椅子を振り回す、お嬢様言葉の “学術たん” が叫ぶ。

「漢詩のひとつも詠めない奴等にっ」

 またどこかで “学術たん” の声が聞こえた。


「うおおっ、この野郎!」

 渦中、ロリパコはファイティングポーズでジャブを繰り出した。

 右、右、左!


 そのすぐ脇を “悪代官チルドレン” の一匹が、滑空しながら抜ける。

 脚を踏ん張り待ち構えていた “悲しいニュース犬“ は、その拳をぬるりと避け。

「いただきます!」

 とその脚のすねに囓りついた。

 そのまま器用に首を回し、後ろに投げ飛ばす。


「いくぜいくぜ!」

 ロリパコは軽いステップを踏みながら、その場でジャブを繰り返した。


「フゥ、不味いですね、天使の味ってのは。ジャーキーの方が何倍もマシ……」

 ひと息つくニュース犬の後頭部を狙って、また別の “悪代官チルドレン” が組んだ手を打ち下ろす。だが、「御用」と書かれたその顔の額めがけてどこからともなく飛んできた投げナイフが突き刺さり、それは力を失って崩れ落ちた。


「んっ?」

 ニュース犬が “悪代官チルドレン” の倒れた後ろを振り返り、それから前を向くと、ナイフを放った姿勢で、赤青ピエロの “悶絶拷問車輪” が立っている。モノトーンの仮面を着けたその表情は窺えない。隙間から、光の無い目が覗いていた。


「……」

「……」

 ニュース犬と “悶絶拷問車輪” は見つめ合う。そして、犬の方が器用にウインクをすると、一人と一匹は飛んで交差し、また乱れ争う場に消えていった。


「どうだ、この野郎っ」

 ボディ、続けてのジャブ。ロリパコの攻撃は終わらない。


「アタタタタタ……ホォアタァァアア!」

 その背中で、世紀末救世主めいたゴツい男、ベレティ・フォロシフィが、鳥のような奇声を発しながら、 “悪代官チルドレン” の一匹を拳で張り付けにする。幾つもの経絡秘孔を穿たれたそれは、内側から破裂した。

「いけませんね。熱くなっては俺らしくない……」

 握った拳を見つめながら、ベレティは目を細めた。


「参ったかよ!」

 ロリパコの跳び蹴りが空を切った。


「……」

 すぐ傍で、JK、邪推系が “悪代官チルドレン” を見つめている。

 怨念のこもった目で、ただ見ている。

 ドンツクツクと、その背からブレイクビーツのリズムが染み出した。

「……」

 それだけだが、一匹は縛り付けられて動けない。その間に消火器を持ってやってきた “学術たん” が、したたかに殴りつけるのだった。転がった背中に、ドリルのように高速スピンする自動人形オートマタ、五味クズ子の脚が刺さる。


「ハァ、ハァ、どうだ……!」

 ……興奮していたロリパコが我に返ると、周囲には何匹もの “悪代官チルドレン” が死屍累々としている。

「お、俺がやったのか。強いじゃん俺っ」

 ロリパコは大いに調子に乗った。


 そこに、二匹の “悪代官チルドレン” が迫ってくる。

「うわぁっ!」

 腰を抜かすロリパコ。二匹がかりで掴みかかろうとするが、その身体に、タタン、と小さな穴が開いた。小刻みな音が繰り返し、急所を打たれた “悪代官チルドレン” は次々と、スローモーションのように倒れてゆく。


「間に合いましたね」

 先程までスシテンコ先生の傍を離れなかったはずの、緑のドレスを着た女性が、片膝立ちで構えていたアサルトライフルを下げた。銃口が煙を引く。ロリパコに駆け寄ると、また銃を向け、周囲を警戒する。


「かねさん、だっけ……すまねえ。俺、やっぱり何の役にも立たないや。だけど、それでもさ……」

 前を向きながら、緑の女性は言った。

「……これは、雑学ですが。S.L.A.マーシャル准将が言うには、敵に向けて発砲できたのは百人中二十人程度だそうですよ。戦争のような極限状態ですら、拳を振り上げない人間が殆どだ……ということです」

 眼鏡が反射していた。


 ようやく起き上がったロリパコは、聞いてみる。

「あんたは、どっちの側なんだ」

 マガジンを落とし、ドレスから取り出した、新しい物を装着する。

「これはリアルで最も多く作られた、銃の複製です。……他者を傷つけることのできない者には、相応の幸せが待っている。やるべき事を果たして。行って」


「……頼んだぜ」

 頷き、スシテンコ先生のデスクを振り返った。

 先生は仕事を終え、こちらを見ている。

 ロリパコは駆け寄った。


「すまねえ」

「勝手に離れるな……あのレバーを下げれば、塔は起動する」

 スシ先生が指さす。瓦礫の塔の基部に、それは見えた。

 回りの喧噪をよそに、先生とロリパコの二人は塔へと向かう。

 そして、レバーに手をかけた所で、スシ先生が止まった。


 ロリパコに向き直り、言う。

「お前次第だ」

「何が……」

 お互いの間で起きたことに、決まっている。

 こうして協力し合っているが、二人は過去の諍いを消化せずにいたのだ。


「このまま非礼を通すか。過去を水に流すか」

「いきなり過ぎるだろ……」

「もちろん、頼まれた事は必ずやり遂げる。この塔を天秤にかけるつもりは無い。だが、これでいいのかと聞いているんだ」


「どうでもいいんじゃねえか。この状況だぞ。それに、この塔は何のためなんだ? 相変わらず、そういうの説明不足だし……」

 ロリパコはとにかく現状をなんとかしたいのだが。

 スシ先生は話を終わらせない。

「私は少々プライドが高い。少々な」

「……」


 “物申す界隈” の住人達と、 “学術たん” の戦いは続いている。

 逡巡している間も無い。ロリパコは、覚悟を決めた。

「あーっ、分かった、分かりましたよ、こうすりゃいいんだろ!」

 スシ先生と奇しくも同じ、白髪赤目の容姿を持つ童女は。

 片膝ずつ折り、地面に座った。そして、手を揃えて頭を下げる。

「……あん時は、悪かった。謝る!」

 オトコの土下座だ。


「それから、アンタはすげー奴だ。だから、これから先の、この世界を頼む。バーチャルを勝手に代表して、俺からのお願いだ」

 平身頭低。地面で額が擦れた。

 スシ先生は腕を組んで、それを見下ろす。

 蔑んだ目だった。

 もともと、そういう目つきなのだ。


「フン」

 謝ったら、負けか。

 ロリパコは、土下座の姿勢のまま、動かない。

 ――違うな。人を動かした奴の勝ちだよ。


「……いつまでそうしているんだ、始めるぞ」

「何だよ! やれっつったの誰だ……あっ」

 がばっ、と顔を上げて、ロリパコが反論しようとした。

「アンタ今、笑ってなかったか」

「そんな感情は捨てた」

「いや、現に……」

「くどいっ、――起動する!」


 スシ先生が、塔のレバーを思い切り引いた。

 空に雷鳴が轟く。

 饗乃ろこ――ロリパコが塔を見上げる。

 赤青の道化、 “悶絶拷問車輪” の仮面の内側は窺えず。

 悲しいニュース犬が遠吠えして。

 ベレティが残心した。

 五味クズ子はぎこちない動きで踊り。

 銃を構えた緑髪の女性が、不意の日差しに微笑む。

 JK、邪推系が眩しそうに手で遮った。

 数多くの “学術たん” が「やった!」という表情を見せて。


 スシ先生は、空に語りかけた。

 それは、ここに居ない者への言葉だった。

「なあ、烏丸……、お前も同じ生業だろう。ならば未来に、現在に責任を持て。投げっぱなしにするな。私達は、船頭だぞ?」


 息をつけたのは一瞬で、まだまだ降り続ける悪代官の私兵との戦いには終わりが見えない。しかし。 “物申す界隈” を包んでいた曇天は、まるで水に浮かせた油のように、塔を中心として円形に掻き分けられていた。


 年中傾いた夕日が見える世界に、初めて晴天が差す。

 こうして、もうひとつの奇跡が起ころうとしていた。

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