Ep.15 バーチャルの住人達

「“かね” さん、久しぶりだな」

「珍しいですね。先生が助力を求めてくるとは」

 声はボイチェンだ。

 おそらく男声を変換したものだと、地声そのままのロリパコは考えた。


「オンナがいいんだけどなあ……」

「そーですか。残念でしたねぇ」

 ロリパコのぼやきに、緑色の女性は口を尖らせる。


「すまん、時間が無い。急いで招集してくれ」

 スシ先生が話を切った。

「何をするんだよ? 説明してくれてもいいだろ」

 デスクにもたれかかったロリパコが問う。


 一息置いて、スシ先生が答えた。

「―― “学術たん” を動員する」

「 “学術たん” ?」

 ロリパコが、オウム返しをする。


 女性は緑髪をかき上げ、眼鏡を直した。

「ふむ」

 どこからか取り出したバインダーをめくり、人物をリストアップする。

「オンラインは13人。今すぐ呼んでみせましょう」


 何もない所に出現したボタンを突くと、女性の背後に十数人の人影が現れる。彼らは円を囲んで、あーでもない、こうでもないと議論を戦わせていた。

「はいはい、皆さん!」

 手を叩いて呼びかけると、彼等は一斉に振り向いた。

「かねさん?」「クイズ王か?」「抜き打ち?」


 わちゃわちゃと騒ぐ中、チェアを回したスシ先生が言う。

「ひと仕事、頼みたいんだ。見てほしい」

 先程までタイピングしていたものをディスプレイから取り出し空間に広げる。


「何だこりゃあ……」

 しげしげと見たロリパコは、ますます分からなくなった。

 それは、 “物申す界隈” の瓦礫でできた、巨大な塔のジオラマだった。

「ここにある資材で、出来る限りのことをしよう。結果は必ず “興味深い” ものになるぞ。私が保証する」


 興味深い……その言葉、瓦礫の塔のジオラマに、 “学術たん” 達はざわついた。

 スシ先生はチェアに座り直し、声を発する。

「私が連携する! 即興で組み立てるぞ!」


 おおーっ! と “学術たん” の集まりはときの声をあげ、そこら中に散らばって、凄まじい勢いでそれぞれの仕事を始めた。 “物申す界隈” の周囲の建物が見る見る解体され、スシ先生、ロリパコ、緑の女性の眼前に塔が組みあがってゆく。


「 “学術たん” って、何なんだ……」

「この世界の形成以前から存在した、多種多様な分野のエキスパート達だ。彼等を動員すれば掃き溜めの石も金の塊、見出せない価値はなく、不可能もない」

「ちょっとだけ褒め過ぎですよ」

 複数タスクを回して喋るスシ先生の説明に、緑の女性が笑顔で補足した。


 その仕事量は圧倒的だ。半壊したビルが、石ころが。

 一つの目的のもとに生まれ変わってゆく。

「そ、そんな則巻博士みたいな奴等が、野望も持たずに隠れていたなんて……」

「それがバーチャルなんですよ。例えが古いですね」


「まあ、みんなで秤ちゃんを……鳴神を助けてやるんだ。なんかこう、 “みんなで” ってのが……俺、へへ……ちょっと嬉しいな」

 ロリパコが、赤い目を潤ませる。


「違いますよ。彼らはあくまで結果に興味があるだけ。私は親交のある先生に協力するだけ。誰も、鳴神さんという方に関わろうと思っているわけではありません」

 ドレスの裾を直しながら、その人は言う。

「私も、奴を助けるつもりなど無い……貴重なサンプルを失いたくないだけだ」

 スシ先生も無下に言うが。

「皆でひとつを目指すなんて、押しつけがましい夢。俺だって、分かってる。それでも、行いはこうして繋がってゆくんだ。何て言うんだろう。言葉が出ねえや」

 童女が巡らせる言葉を、傍らの女性が継ごうとした。


 だが、スシ先生はディスプレイに目を配りながら。

「それで、上の奴等は、……お前の仲間か?」

 ロリパコは見上げた。


 翅を広げた、人型の何かが。

 いつの間にか満ちていた、渦を巻いた曇り空の中、円を描いて降りてくる。

 滑空しながら地に降りたのは、一匹だけではない。

 距離を置いて、二匹、三匹、そして何体もだ。

 群れで襲い掛かる映画の鳥のように、様子を伺っている。

「違うみたいだな……」

 先生が呟く。


 ここにきて、塔の建設を眺めるばかりだった “物申す” のバーチャル達も、その異変に気が付き、身構え始めた。

「何です? これは」

 赤青のピエロ、拷問車輪がナイフを抜く。

 邪推系が不機嫌そうに立ち上がった。


「ええ、大丈夫ですか、困りますよ私。グルル……!」

 悲しいニュース犬が四つ足に力を籠め、威嚇の唸りを上げる。

 自動人形オートマタ、クズ子は関節のストレッチをした。

「拳で語るしかありませんかね。話す頭も無さそうだ……あの突貫工事で作られた塔が、狙いですか。なるほど」

 見るからに世紀末なベレティが、周囲を見回した。


 翅を閉じた人型どもは、顔に「御用」と書かれている。

 ロリパコは見覚えがあった。

「あいつの手先だ……物申すの先兵 “悪代官チルドレン” ! 翅なんて無かったけど、進化しやがったのか?」

「……何も出来ん、頼むぞっ」

 指の残像が出るほどのタイピング速度を維持しながら、血走った目を前方に固まらせて、スシ先生が返事する。


「ワオッ、来やがりましたよ!」

 ニュース犬が吠えた。クズ子、ベレティと共に後退する。

「不味いですね。数が違い過ぎじゃないですか?」

 ナイフを光らせながら、道化の “悶絶拷問車輪” も後ろへ。

「――ここだけじゃない。多分、今頃 “にじ” も、 “ホロ” も襲われているんだ」

 ようやく口を開いたJK、邪推系。


 ひと仕事終えた “学術たん” 達も、陰からわちゃわちゃ状況を見つめていた。

 にじり寄る “悪代官チルドレン” は、瓦礫の塔を中心に、界隈の住人達と “学術たん” を追い詰めてゆく……。

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