Ep.14 物申す界隈

 半壊した建物群。転がる石と砂利。

 傾いた陽を背にして、異常な量の鳥が羽ばたいていた。

 気が付いたのは、饗乃ろこ―― “ロリパコ” だ。


「おおい、お前ら、どこへ行くんだ、返事しろよ、おお」

 鳥に呼びかけると、群れの中からチラチラと光が見える。

 その信号を読み取って、ロリパコは驚いた。


「これから野次馬に? 鳴神と、悪代官……秤ちゃんが、マジか!」

 物見高い “物申す界隈” のリスナー達は、異変に敏感だ。

 空気の変化にいち早く気が付いて、バーチャルの下層、悪代官の屋敷へ向かおうとしていたのだ。

「秤ちゃんが、秤ちゃん、こうしちゃいられねぇ、秤ちゃんが大変だ!」

 ロリパコは砂利の中を走って、叫んだ。


 近くにテーブルを広げ、トランプのカードを切っていた居た赤青のピエロ、道化の “悶絶拷問車輪” が声に気付く。

「秤さんが? しかし、リスナーのつぶやきなんてよく読む気になれますね」

「……秤」

 向かいに座っていた、JK姿の邪推系が僅かに反応した。


「管理権限のなんかが解禁だってよ、バーチャル全体がやべーぞ!」

 なおもロリパコが叫んで回る。


「大変なことになてきましたね。どうしましょ、思います?」

 “ゆっくりボイス” でカクカクと動くのは、自動人形オートマタの五味クズ子だ。

 彼女は判断を譲った。

「……しかしね、犬ですから、私。ベレティさんが行けば?」

 人間の背丈ほどもありそうな、巨大なシベリアンハスキーが丸まって寝そべり、向こうへ走ってゆくロリパコを見つめた。

「無関係というわけにもいかないでしょう。クズ子さん、ニュース犬さん」

 その横の、世紀末救世主めいた風体の男、ベレティ・フォロシフィが答えた。


「俺は行くぞ! 秤ちゃんを助けるんだ――」

「どうやって?」

 走りながら喚く童女が、物申す界隈の端に差し掛かる。そこに建つ、朽ちかけたビルの階段を降りるのは、ロリパコと同じ髪の少女風アバター。

 腕を組んだスシテンコ先生だ。


「どうするのかと聞いている」

「スシ……先生……」

 二人の間には解きがたい因縁があった。

 若干メンヘラ状態だったロリパコが、(凸待ち配信ではあったが)先生の配信に飛び込んで、徹底的に反論したのだ。それが切欠なのか、その頃からスシ先生はVtuberとしての活動を控えるようになってしまった。


「……先生なら何か、いいアイデア、持ってるんじゃねえのか」

「都合のいい時だけ頼るな。約束を守らない、言うことは聞かない。無茶苦茶を強請ねだる。これだからVtuberという奴等は……」

 そう言い、スシ先生は何も無い空間からお椀を出した。

「?」

 ロリパコが首を傾げる。


 それは、甘味だった。クリーム白玉あんみつだ。

 真ん中の丸くて白いアイスクリームには耳が生えて、果物の寒天でできた、黄と青のオッドアイの目がついている。つまり、猫の頭の形だ。


 刺さっているスプーンを持ち、周りに添えられた白玉を掬う。おもむろに、スシ先生はそれを口に運んだ。

 もぎゅもぎゅと噛み締める。

「???」

 ロリパコは、本人にしか分からない、その “儀式” を見つめた。


「戒めの味だ……!」

 そう言い、スシ先生はスプーンで空間を水平に切った。

 途端に、三面のディスプレイを立てた現代的なPCデスクがせり上がる。


「先生の仕事場か、これ」

 ロリパコがしげしげ見る横で、スシ先生はオフィスチェアの背もたれを持ち、座った。回りのいいチェアは、先生を理想的な高さで支える。


「助っ人を呼ぶ」

 あんみつの椀を置いて、キーボードを叩いた。

「相変わらず説明不足だよな……」

 間もなく、指のコールに応じて、人影が転送されてくる。

 緑色の髪、緑のドレス。眼鏡をかけた知的な女性が、二人の前に現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る