Ep.11 正しい世界

 ……辿り着いた俺は、玄関で立ち往生させられていた。

 顔一面に「御用」と書かれた門番が両脇に立ち、決して通そうとはしないのだ。それもそうだろう、ここは悪代官の屋敷なのだ。呼ばれてもいなければ……。


 それで諦める訳にもいかない。どんな芝居を打って、ここを切り抜けるか思案していたら、何事もなく秤は出てきた。

「秤っ」

「裁……、なんで来たの」

 俯く秤の、髪を束ねる黒いリボンが揺れた。


「大丈夫か? 何かされて……」

「出て行けって言ったくせに、私の心配するの。そんなの私の勝手でしょ。悪代官さんはいい人だよ。裁みたいに怒ったりしないし、話も沢山聞いてくれた」

「この……っ」

 俺がどれだけ心配していたか、分かっているのか。出て行けと言いはしたが、それもお前の為を思ってのことだ。何も分かっていないのか、このガキは。


 俺は手を上げた。そして、思いとどまった。

「は? ぶてばいいじゃん、気に入らなかったら私を叩いて、大声で怒鳴って言うこと聞かせるんでしょ。裁は私の親? 一体何なの? 偉そうにしないで!」

 涙を浮かべて、秤は抗議してきた。俺は何も返せない。誰かをディスれば負け無しだった俺が、こいつを説き伏せる言葉を持っていない。


「まあまあ、喧嘩はよしなされ」

 声のする方を振り返る。途端に、両脇の門番が退いた。

 玄関から現れたのは和装の、巌のような顔をした男。


「この悪代官に免じてな……グフフ」

「てめえっ、秤を騙しやがって」

「悪代官さんを悪く言わないで!」


「いや、秤殿。ワシは “悪” ですぞ。この程度、言われ慣れております」

「何しやがったっつってんだよ!」

「されてないよ! なんにも!」


 三者で言い合うと、ますます会話が纏まらない。

「そうこう言っているうちに、来ましたぞ。 “管理者” のしもべがな……」

 悪代官の合図に、俺と秤が森の向こうを見やると。


 もう、そこまで屍鬼が来ていた。

「ハァ、ハァ、追いついたぜ……」

 先程より酷い傷を負って、死神はこちらへ歩いてくる。

 点々と血が滴り、足取りはよろよろと覚束ない。


「ケリン……、本当にデタラメな野郎だった。だが、何とか退けたぜ。秤ってのは、てめぇか……」

 本能的に怯えだす秤を、俺は背中に隠した。

 奴は立ち止まり、再び自らに祈る仕草をした。


 SUPER CHANNEL : Blue


 青い回路が迸り、身体を通過する。

「さあ! こっちに来い!」

 傷を癒やした死神は、青のオーラを宿して勝ち誇る。

「この “管理権限伝送路スーパーチャネル” ―― “スパチャ” がある限り、どう挑んでも覆らねえ。諦めるんだな、キシシ……!」


 どうする。まだ俺の方が戦えるか。

「おっさん。秤のこと、頼むわ……、野郎おぉ」

 後ろを振り向くと、頼みの悪代官は居なかった。

 こういう時に逃げ足が速いというか……本当に最低だ。


「もういい。裁、私……行くよ」

 秤が、俺の胸ぐらいの高さの秤が、意を決した表情を見せる。

 だけどな。だけど……。まだ脚が震えてるんだ。


 世界の全てが、秤の存在を否定している。

 この死神について行くのは、死に従うことだ。

「だめだ。ここにいろ」

 行こうとする秤の手を、引き止めた。


 俺は、最後まで抗いたい。たとえ、間違っていても。

 いや。生まれて良かったと、誰にも言って貰えない奴が居るのなら。そんなの、この世界が間違っているだろ。


「ああ、物わかりがいいじゃねえか。あとは邪魔者を排除するだけだな……」

 屍鬼がこちらへ向かってくる。

 果たして、能力がどこまで通用するか。

 俺は下に向けた手を開いた。その時。


 地響きがして、悪代官の屋敷から周りを囲む森林まで、まだらに地面が開いた。覗いた穴から吐き出される、大量の煙幕が視界を塞いでゆく。

「うわ……!」

「きゃっ」

「またか! 邪魔ばかり挟みやがって……!」

 俺達は口々に叫び、煙を払おうとした。

 もう何も見えない。


 このバーチャルの下層は元々、悪代官の領地フィールドだ。恐らくだが、外敵の侵入に備えた、トラップが作動したのだ。

 あのおっさんなら、やりそうな仕掛けではある。

「裁、どこ……」

「秤!」

「てめえら、待ちやがれ……」


 こうなれば、目の前に時々写る影と、感触だけが頼りだ。

 雲を掴むような気持ちで、俺は秤を探し続けた。

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