Ep.10 アウトローの火槍

 宇宙服はヘルメットを自ら外し、小脇に抱えた。

 粗野な長い髪、尖った耳。悪い人相。

 忘れもしない、はみ出し者のバーチャル。


「ケリン!」

「よお。鳴神ィ。だが今の俺は違う。スペースケリンだ」

 ビッと適当な二指の敬礼もどきをする。

 ヤミクモケリン。かつてラップを競作し、そして批判に押されてぶつかり合い、自衛軍に捕まったダークエルフ。


 こいつ、俺を助けに来やがった。

 こんな、派手な方法で。

「ケリンだぁ……、知らねえ、邪魔するんじゃねぇ!」

「“スペース” ケリンだと言っているっ」

「どうでもいいんだンな事ァァ!」


 叫び、屍鬼はケリンに両腕を翳した。

 足下に溜まった鎖がギャリと指向性を与えられ、一直線にケリンへと伸びてゆく。どうやら、これが奴の武器らしい。

ケリンは……ロケットから飛び降りて、空中に身を躍らせる。

そのまま落下……しなかった。


「スペース!」

 ふわりと浮いたケリンは、宇宙服の腕から圧縮空気を激しく噴出して、飛びかかる鎖を避けてみせたのだ。

「なっ、何だそりゃ。なんで浮いている、どうやって」

 スペースケリンだから、だろう。

 まるで理屈が通らないが、そういうことをする男なのだ。


 回転するケリンは、足から慣性方向の反対側に圧縮空気を噴き出し、逆さまに空中で静止した。

 それから、親指で自らを指し示し。

「鳴神をヤるのは、俺だ。お前は後にしろ」

 どこのライバルキャラだよ。


「勝手に決めてんじゃねえェェ!」

 明後日の方向に飛んでいった鎖の先が曲がり、ケリンの背中へと切り返す。今度は直線でなく、奇妙な宇宙服男の浮かぶ位置へと微調整されながら。

 ケリンは、いつものデカい声で、叫んだ。


「スペエェェェェェェェェェェェェイス!」

 叫びながら、圧縮空気を全身から断続的に噴出し、きりもみ回転を始める。その不規則な動きで鎖の一撃を躱し、折り返した鎖の二激、三激も通過させる。


「当たらねえ!」

 異常な動きに驚愕する死神。

 見ているだけで平衡感覚の狂う回転運動は、全身からの空気の噴出で三軸とも一度で止める。アホのくせに、恐るべき演算センス。


 この後は分かっている。

 爆炎に呑まれる前に、俺は急いで場を離れて、木の幹に隠れた。

 腕を構えて、ケリンは呪文を唱える。

「アスラーム!」

 周囲を取り巻く鎖の一部が切り取られ、瞬時に生成されたミサイルが屍鬼を襲った。そこに立っていたら確実に巻き込まれていた。助けに来たのに、始まったら俺への配慮が一切ない。そういう奴だ。


 森林の間に、爆煙が充満してゆく。

「やったか……」

 影が見える。


 ぼろぼろに痛んだ屍鬼が、そこに居た。

「がはっ、クソが……この血は、なんだ」

 リアルに表現された血が、破れた服から滴り流れる。

 逃げる様子は無かった。動けなかったからだ。

 灰色をしたコンクリート状の物体がへばりつき、脚をがっちりと固めている。

 こんな術、ケリンが使えるだろうか。


【ケリン、ケリン、ヤミクモケリン。今だ、撃て】

 灰色コンクリートが喋った。

 もしかして “Vtuber界を見守るリス” なのか。こいつのナビゲートで、ケリンは俺の所まで来たというわけか。なんとなく、仕組みが分かった気がした。


【俺が処理に負荷をかけている間に、やれ】

「そうさせてもらおう」

 浮かんだケリンが両手を広げ、周囲の素材を集め始める。

「なんだ? こいつも不正IDじゃねえか……一体どこから……、まさか、バーチャルの “外” に!」

 動けぬ屍鬼は、信じられないという顔をする。


【リスを甘く見ないでもらおう】

 こいつはただのリスじゃない。軌道上に取り残された偵察衛星。その搭載AIなんだ。この世界を “外” から覗き見て、時々干渉してくる、そういう奴だから、無茶苦茶なハッキングも平気でやらかす。


「仕方ねえな……早速、やるか」

 だが、二人がかりの妨害をもってしても、屍鬼の表情には余裕があった。血を流しながら、笑みすら浮かべて。


 鎖が繋がったままの、右腕の掌を返し。

 その手首を左手が掴む。

 自らに祈るように、唱えた。

「開くぜ。 “管理権限伝送路スーパーチャネル” !」


 SUPER CHANNEL : Blue


 右腕に迸る青い回路が、屍鬼の身体に満ちてゆく。

「ハッッハアアア!」

 白い髪を逆立て、死神は高揚感に身震いした。


「なんだ・・・、こいつ、傷がっ」

 俺は奴の身体の異変に気が付いた。

 青の回路が通い、消えていった先。受けた傷が、流れた血が、見る間に癒えてゆく。服まで元通りに復元され、無傷の状態となった屍鬼は、明滅する青色のオーラを纏っている。


 分かっていた。 “管理者” の加護を受けた者の絶対的な権限には、バーチャルの存在はどう足掻いても敵わないのだ。

 愉悦を噛みつぶして、奴は言った。

「キシシ……第二ラウンドだァ。まずは」

 足にへばりついた灰色の塊を、死神は掴む。そのまま、いとも簡単につまみ上げると、灰色は小さくまとまり、リスの姿に戻っていった。


【だめだ、もうリスでは敵わない……】

「不正アクセス野郎。てめーはKICKだ」

 リスから手を離すと、瞬時に身を捩る。

 狙いに比べて大げさ過ぎるアクションで放たれた屍鬼の回し蹴りは、青い軌跡を描いた。その踵は小さなリスを正確に捕らえ、身をガラスのように砕き散らす。


【鳴神……逃げろ……】

 微細な断片となったリスは、最後にそう告げた。

 姿勢を直した屍鬼は、続いて宣告する。

「次ィ。ワケ分かんねえ宇宙服――」

「スティンガー!」

 そう言う間に、亜音速のミサイルが飛来した。


 だが、屍鬼の手がそれを止める。

「遅ぇな。サイクル単位で視える今じゃ、欠伸が出るぜ」

「何っ」

 見えない力で押し止められ、先端部から潰れてゆくミサイルは、起爆もせずに鉄屑へと還っていった。

「さて。鎖は邪魔だなぁ」

 手を払うと、屍鬼は鋭い手刀で腕の外側を順番に凪ぎ、両腕に繋がった長い鎖をぱちりと切り外す。


「……キシシ、お返しだ!」

 屍鬼が、地面を押し返して跳ぶ。凄まじい跳躍力。

 その先で浮かぶケリンは、俺に向かって叫んだ。


 相変わらずのデカい声を、離れた空間に貫かせて。

「行けぇーーーーーーーーっ!」

 そうだ。こうしていられるか。

 すまない、ケリン。お前を見ない。秤を守るんだ。


 ――屍鬼から、悪代官から、この世界から?

 あいつは、秤はこの先、どうやって生きていけばいい。

 答えが見えないまま、俺は暗い道を翻った。

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