Ep.9 バーチャルの法
悪代官の屋敷まで、俺は下層の暗い森を歩く……。
場所は知っている。ここから自力で帰ってきたことがあるからだ。
要は、その逆を辿ればいい。
しかし、途中でこれまた最悪な奴と合流した。
「よぉー、鳴神ぃ」
角の生えた異様なフード、首周りにファーの付いたマント。重々しい両手首の枷、胸までの服と、短いパンツの間から少年型の素体が見える。
そして、赤青のオッドアイ。屍鬼だ。
ギザついた歯が開いた。
「探したぜぇ。こんな下層まで来ていたとはな……」
相手は管理者の下僕だ。やれば俺の所在地を調べることも可能だろう。
“管理者” と名が付けば、どんな真似でも許される。
それもバーチャルの一側面だ。
「秤を追ってきたのか」
「そうさ。鳴神秤、あれがこの世界の歪みというワケだ。回収しなけりゃ、親方に顔向けができねぇ」
「あいつを攫って、それからどうする」
「分解すんだよ。大丈夫だ、痛みはねえ。人格と肉体を分離して、別個にこの世界へ環流する……秤の心身は別のバーチャルの一部として使われることになるんだ。お前らだって、寿命が来たらそうなるんだぜ?」
「俺に、それを認めろってのか」
「“摂理” ってやつさ。いくら逆らったって、みっともないだけで、従うしかない掟ってもんがあるんだ、この世にはな。そういう流れに逆らわず、余裕を持って生きる方法を、俺は常に発信しているつもりだ……お前も楽になっちまえよ、鳴神。秤を手放すのは、圧倒的に “正しい” んだ。これがバーチャルの法だぁ」
「……」
「悪代官の屋敷に居るんだろ。俺が、連れて帰るぜ」
「……」
「どきな」
“管理者” か。
俺はゴシップ屋として、リーク情報で様々な奴とぶつかってきた。“運営” を相手取っても、遠慮も忖度も無い。
喧嘩を売るなら、これ以上の相手はいないよな。
俺は、屍鬼に向き直った。
「……どけよ」
屍鬼の顔から、笑いが消える。
「悪いが、断る」
「てめえは秤の何だってんだ? 何の権限があって、仕事に茶々を入れやがる?」
「俺は……」
右手を額に。続けて胸。
それから左肩、右肩。そうして十字を切る。
続けて人差し指と親指を開き、自らの喉元を押さえれば、発生した粟立つノイズが首から伝搬し、瞬く間に胴体を覆ってゆく。
「てめぇ、正気かよ……」
目を見開いて、バーチャルの死神が、つぶやいた。
パーカーを着た俺の身体が、変転する。
此所に居らぬ筈の、神の名を騙る執行者。
黒く染まった、神父の姿に。
非存在の風が抜けて、カソックの裾がはためいた。
そうさ、俺の心が間違いだと言っている。
心に従え。
ありのままに。
「秤は、俺の妹だ」
その目で “管理者” の犬を見据える。
俺は鳴神裁。いまは慈悲なき法を裁こう。
……とはいえ、分かっている。
“管理者” を後ろ盾にした屍鬼に対しては、俺では勝ち目が薄いどころか、勝率0%だと言っても過言ではないだろう。
それでいい。一秒でも多く、時間を稼ぐ。
「妹。妹か。ぎゃははははは! 笑えるぜ! お前がそこまで、出来損ないの
屍鬼が哄笑した。
「はあぁ。失望した。ハイエナ野郎」
そして、しゃらん、と両手首の枷から、鎖が落ちた。鎖はするすると、どこまでも長く伸び、死神の足下に蛇のとぐろのような溜まりを作る。
「中途半端に、愛だ何だと持ち出す野郎はぁ……ん?」
地鳴りが聞こえてきた。
「何だぁ?」
それは少しずつ大きなものとなり、俺達を囲む森も、がさがさと揺れ始める。
「これは……」
俺は空を見上げた。屍鬼も、同じく木々の先を望む。
光の塊が降りてくる。
それは、巨大なロケットの吐き出す炎だった。
森の枝葉と砂埃が舞い飛んだ。
俺は腕で顔を覆い、風に耐える。
「てめ……お前……仕業……」
轟音と暴風に煽られて、屍鬼の言葉がかき消される。
(ファルコン・ヘビー)
拡声器のようなエコーで、ある男の声が響いた。
ロケットは俺達のすぐ傍に、上を向いて着地する。
こんな近くに降りて、火に焼かれないのは仮想空間らしく炎の当たり判定が省かれているからだ。あるいは、これを組み立てた奴が見せつけるためだろうか。
「鳴神、てめえの仕業かぁ!」
「いや、俺は知らない。だが……」
地上から数十メートル先の、ロケットの先端部が開き、そいつは現れた。
白い宇宙服を着て。
何がなんだか分からない。
だけど、こういう事をする奴がいるのは知っている……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます