Ep.4 馴染んでない?

 部屋の仕切りを作ったのはいいが、あいつがこっちに来るのは突然だ。

 俺から向こうに行くのは絶対に許さないくせに。

 あと、ベッドを奪われてしまったのは痛い。


「裁、遅い!」

 そうして目覚まし時計より早く、声が耳に入る。

「ああ……」

「昼まで寝てるつもり?」

「……そうだ」

 寝返りを打つ俺を、こいつは許さない。


「布団剥ぐよ、ほらっ」

 まだ頭が働かない俺を激しく揺さぶる。

「俺は昨日遅かったんだぞ……」

「規則正しくしなきゃ駄目っ」


 目の焦点を合わせると、白黒の少女趣味の服に、長い紫髪の両側を大きな黒のリボンで結んだ小娘がいる。エプロンを結び、へらを後ろ手に持った秤の仁王立ちだ。着ている服は渋カフェで “にじ” の委員長に会ったとき、拝み倒して選んで貰ったもので……。こんな用事に付き合わせるなんてカスですね、と蔑まれたが。あの時は緊急だったから、以後はもちろん本人に選ばせている。


「おはようでしょ。朝ご飯、出来てるよ」

「……あいつの所に行ってもいいんだがな」

「ハジメさんに頼っちゃ駄目」


 俺はソファからダイニングの方へと足を運び、重い足取りで着席した。

 トーストと目玉焼きが置かれて……朝のルーティンまで、把握されている。

 秤が家事を覚えるのは早かった。そして、気が付いたら俺の生活はこいつに朝から晩まで管理されていたのだ。


 尻に敷かれる……おかしい、秤は俺でもあるのに。似ている所は異様に似ているが、似ていない所は正反対だ。これも有り得た俺自身ということになるのか、それとも基となる何かが全然違うものが同じIDを振られた、ということなのか。俺には想像を巡らせることしかできない。


「今日は出かけるのよね。一緒に行くから」

「途中までな」

「分かってるわよ。向こうでは別々ね」

 秤がテレビを点ける。

「はい、どうも~」

「どうも~。いっつもアイちゃんは可愛いなぁ」

 秤が手振りの真似をする。頭の二つリボンが揺れた。


 相変わらずのバーチャル世界の栄枯盛衰を、ピンクの葉っぱみたいなカチューシャがぴょこぴょこ動くバーチャルの代表 “キズ〇アイ” が総括して説明する。そんな風に、毎朝見ている番組も同じだ。

 俺はトーストを囓り、インスタントコーヒーを流し込む。



 こうやって、秤を “物申す界隈” に案内してきたのは、その荒れっぷりにうんざりさせ、俺の家からの旅立ちを早めて貰いたかったから、なのだが……。

 未舗装の道や砕けたアスファルトは、(正装時の)俺と秤の、何故やら出会った時からお揃いのデザインの革靴には、いかにも相応しくない。足首を怪我しないように、俺は時々、秤の手を取ってやった。


 斜めに差し込む茜色の日差し、壊れた街のシルエット。戦火に晒されたような街並みは変わらない。

 向こうから、人影が二人。


 片方は正中線で切り替えられた赤と青がけばけばしい、ひょろ長の道化。

 見るなり、秤は手を振って呼びかける。

「悶ちゃーん!」

 隣は白い長髪と、赤い目をした童女。

「ロリパコも!」

「声抑えろよ……」

 道化の “悶絶拷問車輪” に、饗乃ろこ・通称 “ロリパコ”。人聞きの悪い名前だ。それを大声で恥ずかしげもなく叫ぶ秤に、俺は苦い顔になった。


「ごきげんよう、秤さん――鳴神裁」

 光のない目を細めて、道化がうやうやしいお辞儀をする。


「よおっ、秤ちゃん! 鳴神も来やがったか」

 童女は男の声で快活に言った。

「あのさ、あのさ、秤ちゃん」

 さらに、左右にまとわりつく。

「俺のオンナにならない? どう?」

「何それぇ」

 あはは、えー、と秤は顔を赤らめる。

「社交辞令、ですね」

 道化があっさり言い放つ。


 俺は割って入った。

「いきなりやめろ、イタリア人め。だいたいお前は幼女だろ、何やってんだよ」

「違ぇよ、俺はオトコなの! 性自認はオスなの! 最近気が付いたけどなっ」

 小さいロリパコが自身を親指で指す。

「オトコは彼女が欲しいものなんだっ」

「そのことに最近気が付いたのか。がっついてる奴は無視だ、無視、行くぞ秤」

 いつの間にか秤はロリパコと手を繋いでいる。

「じゃあ、裁はここから別行動ね」

「すごいモノ見つけたんだ!」

 秤の付き合いの良さに呆れた。


「そいつと一緒で大丈夫かよ?」

「私が見ておきますので」

 道化が無感情に言う。こいつが大丈夫なのは、分かるが。

「……まあ、用があるからな。気をつけろよ、秤」

「うん」

「守るから大丈夫だ。オトコは強くねーとダメだからな。任せとけ」

 ロリパコが胸を叩く。


「お前が危ないんだよ……そうだ、このバーチャル、知ってるか? 会おうと思ってるんだが」

 用事を振り返り、俺は一枚の写真を出した。

 白い髪を流した、不機嫌そうな少女が腕を組んでいる。

「ふむ」

 道化が顎に手をやる。

「――スシテンコ先生か、知り合いだぜ」


「ロリパコ、顔広いんだね」

 秤が褒める。調子に乗るぞ、やめとけ。

「ふっふん」

 ロリパコが胸を張り、それからげんなりと肩を落とした。

「ヘラってた時に、喧嘩しちまったけどな……それっきりだわ。この先のビルの三階に事務所があるぞ」


「助かる。やっぱり “界隈” の奴等に聞くに限るな」

 そう俺が言うと、二人から同時に答えが来た。

「わたしは “界隈” の住人ではありません!」

「俺は “界隈” の住人じゃねーぞ!」

「まあまあ……」

 秤が宥めようとする。


 “界隈” の住人の反応は、ここだけ似通っているのだ。俺も “物申す界隈” だと言われたら、はっきり否定するし。住んでいる所も、今は違うからな。

「俺は行くぞ。気をつけろよ」

「じゃあね」

 受け答えに安堵を覚えた俺は、秤と離れることにした。


「行こーぜ、秤ちゃん!」

「ところで、ロリパコの言う彼女って、どんなの?」

「そうだな、お風呂湧かしてくれて、暖かい御飯作ってくれて、夜はお布団で一緒に寝てくれるんだ。贅沢なんて言ってないだろ?」

「あー、うーん、頑張ろうね……」

「生返事は傷つくぜっ」

「なんだか私も深く抉られた気がしますよ」

 離れ際に、割と聞き捨てならない会話を耳にした気がするが、先を急いだ。

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