閑話 光の戦士の追懐

 夜更けに不意に目が覚めた。

 不安に苛まれながら、逸る気持ちを抑え切れず、隣に目をやると愛しい妻セラフィナは安らかな寝息を立て、眠っている。

 その姿に胸を撫で下ろす。

 夢ではなかったのだ、と。

 そして、苦い記憶とともに己の過去に思いを馳せた。




 私はトリフルーメの最後の王子として、この世に生を受けた。

 祖父も父も志半ばで斃れた。

 本懐を遂げずして逝ってしまったのだ。

 さぞかし心残りであったろうと思う。


 我が一族は光の加護を受け、光の戦士として戦う宿命の下に生まれる。

 しかし、いくら加護を受けていようが才能を開花させることが出来なければ、意味はない。

 今世では風の聖女として覚醒したセナと結ばれたことで光に目覚めることが出来た。

 だが、前の人生ではそんなことは起きなかった。


 まだ、子供だった私にトリフルーメは守れない。

 圧迫を受けていた隣国ラピドゥフルの庇護下といえば、聞こえはいいが人質として、ラピドゥフルに送られる予定だった私は何の因果か、敵であるエンディア王国に送られていた。


 要は金の力であっさりと裏切るような家臣が扇動していただけだったのだが、エンディアであの男――ノエルに出会った。

 この時の私は彼に思惑があるなど思いもせず、まるで兄のようなノエルに懐いていた。

 彼の懐の広さに先見性の高さ、全てに憧れさえ抱いていたと言えるだろう。

 思えば、それこそがノエルの狙いであり、彼に心酔することで私は術中にはまってしまったのだ。


 しかし、このエンディア時代に培った様々な知識や技術は決して、無駄にはなっていない。

 それは今の私の力にもなっているのだから。


 そして、私はエンディアから、セナがいるラピドゥフルに移ることになった。

 人質交換という体を取っているが、これも恐らくは仕組まれたことだったんだろう。

 私がセナに近付くことが大事だったのだ。

 私だけではなく、セナも排除することが奴らの目的だったに違いない。


 私の師となり、その身を預かってくれたのはアンプルスアゲル卿だったのは今世と同じだ。

 違いはこの時の師は余命幾ばくも無いものであり、私の後見とはなってくれないことだった。

 今世では色々と手を貸してくれたが、その裏でセナが動いていたからだと知ったのはずっと後のことだ。

 多分、暗殺者によって毒を盛られていたのだろう。


 そして、私はセナと出会った。

 初めて、出会った時のあの鮮烈な印象は忘れることがない。

 それまでの私は人質だったこともあり、どこか余所者や客としか扱ってもらえなかった。

 慇懃無礼でありながら、その実、人として見てもらえていたかも怪しい。


 ところがセナは違ったのだ。

 十二歳なのにえらく濃い化粧をしているのに驚いた。

 だが、縦巻きにセットされたきれいなブロンドと整った顔立ちにフリルやリボンがたくさん、ついた可愛らしいピンク色のドレスが似合っている。


「あなた、本当に冴えないわね」


 片手は腰に手を当てて、もう片方の手で私を指差すとセナはそう言ったんだった。

 その指先は微かに震えていたのは、君もまた、孤独だったからだろうか?

 僅かに揺れるエメラルドの色をした瞳は、それでも私のことを真っ直ぐと見つめていたことだけは絶対に忘れない。


「拾ってあげたのは私だということ、お忘れなきように」


 強い口調でありながらもどこか、声色に不安と迷いが見られた。

 セナは優しい心を隠そうといつの間にか、心に鎧を着てしまったに違いない。

 私との初対面で見せたちぐはぐな言動はそうであったとしか、思えないのだ。


 私はまだ、十歳の子供だった。

 だがこの時、セナに抱いた想いこそ、初恋だったのだろう。

 今、考えたらそれで説明がつくのだ。

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