第65話 悪妻、ピヨる

 この状況は一体、何でしょうね?

 きれいにベッドメイキングされたベッドの上で向かい合って、座ったままで動いていない。

 しかし、手を伸ばしても触れられる距離ではないのでまだ、大丈夫。


 それでも微動だにしていない。

 動ける気がしない。

 モデストに動かれたら、どうすればいいのか、全く分からないのだから。


 二人とも簡単に脱げる夜着を着せられ、周囲にバッチリと仕込まれている。

 いわゆる逃げ場なしという状況だ。

 私の夜着なんて、薄い桃色でやや透けている生地なので心許ないし、何とも危ない。

 下着の類はないので防御力は無に等しい。

 動いたら、非常にまずいわ。


「まずは慣れよう。それでいいかな?」

「え、ええ。イイデストモ」

「大丈夫か?」

「ダイジョウブですわ」


 自分でもはっきりと分かるほどに声は上ずり、挙動不審になっている気がする。

 これではいけない。

 いけないと分かるけど、こればかりはどうしようもない。


「もう少しだけ、近づいてもいいかな?」

「い、い、いや……い、いいですわ」


 無自覚に拒否しようとしていた。

 慣れとは恐ろしい。

 モデストも下手に関係を持とうとしないで私を尊重してくれていただけにいきなり、このような状況になると頭が追い付いてこないのだ。

 そして、手を伸ばせば、触れられる距離にまで近づいた。

 吐息を感じる距離ではないのでそこまで深刻に考える近さではない。

 ないはずなのに心臓の高鳴りは異常なほど。

 ちょっと苦しい。

 モデストの息遣いもちょっと荒い気がする。


「セナ」

「うgygばえ!!」


 彼の手が私の肩に置かれた瞬間、身体が勝手に動いた。

 咄嗟に口から、出たのは意味不明の言葉。

 そして、モデストの無防備なボディに向けて、放たれたブローだった。


「大丈夫だ」


 まともにモデストに入ったように見えたが、さして堪えていないようだ。

 彼の手は私の肩に置かれたまま。

 心ならずも互いの吐息がかかる近さで見つめ合っている。

 この状況は何?

 え? 胸がどきどきして、苦しいんだけど……。


「セナ。大丈夫だから」

「は、はい」


 モデストの黒曜石のような瞳にまるで引き込まれそうになる自分の弱さが嫌になってくる。

 あれだけ、心を許さないようにと固く心に誓ったのは何だったんだろう。

 幸いなことにこの体勢では足が出たりはしない。

 もしも押し倒されたりしたら、その時はどうなるか、分からない。

 モデストのあそこがである。


「なあ、セナ。顔が見えているから、駄目なんじゃないか?」

「ふぇ? そういうこと? あぁ、そういうこと」


 何だか、良く分からないけど、モデストの言うことについ、コクコクと頷いてしまった。

 彼の顔が見えるから、ドキドキするし、必要以上に意識する。

 それはある。

 前世でも今世でもモデストの顔が好きなのは否定出来ない。

 見えなければ、どうということはないだろう、多分。


「目隠しをして、抱き締めるところから、始めるのはどうだろうか?」

「それなら、大丈夫そうですわ」


 この時の私はどこか、浮かれていたのかもしれない。

 少し、考えれば分かることじゃない?

 どうして、気が付かなかったの?


 二つ返事で目隠しをして、モデストに抱き締められるのを待つ私はあまりにも迂闊だった。

 迂闊だったで済ませられない。

 迂闊すぎるでしょう、私!

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