第64話 悪妻、覚悟する

「覚えていてくれたのか」

「え、ええ。まぁ……」


 あの時は勢いで言っただけとは言えそうにない。

 言ったら、モデストがショックを受けて、ハゲ散らかしてしまうだろう。

 前世での彼は中年に差し掛かった程度の年齢でお腹はブヨンブヨンになり、頭髪が薄くなりかけていたのだ。

 本気ではなかった。

 そんなことを言える雰囲気ではない。


 それに私にも事情がある。

 あの子達にもう一度、会うにはモデストと嫌でもせざるを得ないのだ。


「これでまた、君と……未来に向かって歩き出せるな」


 あー、はいはい。

 彼の清々しい笑顔は眩しいけど、どの口がそれを言うのかと文句を言いたい。

 前世の彼にであって、目の前にいる彼に言っても仕方がないので諦めるしかないけど。

 もう勝手に言ってなさいよ。

 言うだけなら、許してあげる。


「では早速、今夜にでも」

「今夜!?」


 思い出したように言うモデストの顔は先程までの爽やかな笑みとは違い、少しばかり不安そうな表情をしていた。


「あ、ああ。駄目だろうか?」


 ダメ!

 急すぎるのではないの?

 いくらなんでも心の準備が出来ていない。

 何より早すぎだ。

 約束を守るとは言ったが当日とはいくら何でもない!

 私は自分の身体を抱きしめながら後退り、首を横に振った。


「そうか……すまない」


 モデストは落ち込んだ様子で項垂れた。

 それはもう見ている方が気の毒になるくらいの落ち込み方だ。

 ちょっと可哀想だったかもしれない。

 仕方ない。

 少しだけ、私の方が譲歩してあげるわ。

 二歳年上の姉さん女房なのだから、それくらいの余裕は見せてあげないといけない。

 期待している周囲の目もあるし。


「仕方ないですわね。慣れないといけないから、いきなりは無理ですけど、まずは慣れるところから、始めるのでしたら、今夜からでもよろしくてよ」

「本当にいいのか。ありがとう、セナ」


 私としては最小限に譲歩しての発言だったのだが、モデストの喜び方は半端ないものだった。

 両手で私の右手を取るとブンブンと音が出るくらいに振って、目は星のようにキラキラと輝いている。

 欲しがり屋さんですか!?

 この場合、欲しがるのはあの子達に会いたいと願う私なの?

 それともモデスト?

 あぁ、分からないわ!




 現実逃避をする間もなく、私はノエミらにしっかりと連行され、それはもうこれでもかというばかりにおめかしをされることになった。

 入浴して、身体を磨くだけでこんなにも疲れることになろうとは思っていなかった。

 夫婦の寝室へと向かう際に私の体力と精神力はかなりのダメージを受けていて、どこか夢見心地だったことを強く主張したい。

 そうでもしないとこの後に私に起こったことを頭が理解出来ないのだ。

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