第61話 悪妻、挙動る

「な、な……何でもありません」

「そうか。今日は疲れただろう?」


 それだけ言うとモデストは壁の向こうにそそくさと去っていった。

 壁と言ってもシーツで作っただけの境界線みたいなものだ。

 でも、おかしい……。

 調子が狂うわ。


 夫婦としての覚悟が出来るまではこの境界線が、私の生命線でもある。

 こちら側に来たら、容赦なく鉄拳制裁してもいいとモデスト本人の了承も得たのだ。

 それなのになんであんな、距離感が近いのよ。

 心臓が止まるかと思ったわ……。

 十六歳で心臓発作が死因は嫌よ。


「あの策で燻りだせそうかな?」

「うん……」


 境界線を境にして、背中合わせで夜を過ごすのが私とモデストの日常。

 まるで家庭内別居寸前の夫婦のようだけど、こうでもしないと理性的にいられないのだから、しょうがない。


「それでね……あの……」

「うん?」

「あ、あのね……その……この騒動が収まったら……一緒に寝てあげないこともないのよ? ほら……私達は夫婦なんだし」

「…………」


 我ながら、阿呆なことを言ったと思ってる。

 これでも恥ずかしさを堪えて、勇気を出して、言ったのだ。

 だが、モデストからの返事はない。

 ええ!?

 ちょっと待って、まさかダメとか言わないでしょうね?

 それともアレかしら?

 初夜で蹴ったのでアソコがダメになったとか?


「ほ、ほ、ほ、ほ!?」

「ほほ?」


 んんん? 新種の鳥かしら?


「ほ、ほ、本当にいいのか?」

「い、い、いいけどー!? でも、騒動が収まったら、ですからねっ」


 背中に気のせいではない、はっきりした熱風を感じるわ……。

 間違いない。

 モデストの鼻息が荒いのよ!

 境界線の向こうから、これだと興奮し過ぎじゃない?


「わ、わ、分かっているとも」

「そ、そ、そうよね」


 振り返らなくても何となく、気配で分かってしまう。

 彼は所在なさげに伸ばした手で私に触れていいのか、迷っているんだろう。

 モデストのことを許すと一言も告げていない。


 あくまで波風を立てないようにしているだけ。

 表向きは問題の無い国王夫妻を演じている、それだけに過ぎないのだ。

 もし、触れてしまったら、その関係すら、断たれるのではないかと恐れているんだわ。


「で、では、お休み……」

「は、はい。お、お休みなさい」


 短いやり取りだったけど、凄く疲れた……。

 でも、作戦としては成功よね。

 これで明日からは、少しだけ肩の力を抜いて、生活が出来そうだわ。

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