第62話 悪妻、焦る

 一神教との和睦が整ってから、一週間が経った。

 毒は徐々にではあるけど、確実に浸透している。


 そもそも、一神教は掲げる理想と現実があまりにも剥離していた。

 このことはモデストと何度も議論を交わして、辿り着いた末の結論なのでほぼ合っているだろう。

 彼らが掲げる教義は神は自分達が崇める一柱のみで全ての生命が平等であるというものだ。

 トリフルーメでは信教の自由を認めている以上、その考えに異論を唱える訳にはいかない。


 しかし、彼らの考えは矛盾しているのだ。

 平等であると謳い、慈善活動に励む行動に見習うべきところがあるのは確かに事実。

 ところが彼らは自分達が崇める神以外を排斥するのだ。

 その活動があまりにも過激で見過ごせない。

 他の神を崇める神殿を襲撃したり、信者に暴行を働くものだったから、たちが悪いとしか、言えない。


 そういった不満と日頃の鬱憤が溜まったんだろう。

 小競り合いが起こったのが反乱の発端になったのだとモデストが教えてくれた。

 そして、分かったこともある。

 過激な行動に出ているのは一部の者だけなのだ。

 高位の司祭とその取り巻きである神官が教義を自分達の都合のいいように改変し、暴挙に出たに過ぎない。

 つまり、一神教を率いる集団の一部に元凶が巣食っていただけなのだ。

 彼らは私腹を肥やすことにばかり、かまけていた。

 そこに同じような考えを持つ一部の貴族が同調して、歯止めがかからなくなったんだろう。


 そこからの動きは早かったと聞いている。

 貴族の後押しを受けられると判断した神官達はさらなる、行動に打って出たからだ。

 手薄になっていた砦を内通した者の手引きにより、完全に占拠するという最悪の結果が反乱事件の真相だった。


 騎士団は反乱の報にすぐに動き出し、砦を包囲することには成功していた。

 ところが仲間や親族が砦側にいるもんだから、手を出せなかったのだ。

 鎮圧をしないまま、無為の時を過ごしていただけなのよね。


「だから、嗜好品が毒になるの」

「そうか……」


 多めの食糧と贅沢な嗜好品は欲深い者達にとって、どういう風に映るのか。

 酒や葉巻、甘味料といった嗜好品はトリフルーメに普及していない。

 そこでこの策の為にアリーとシルビアに有力な商会に働きかけてもらい、融通してもらった。

 十分な量の嗜好品を提供出来たので私の目論見通り、事が運んでいるとみて、いいだろう。

 案の定、欲深い者達が動いたのだ。

 配給として、支給されるべき食糧までも独占し、嗜好品の存在を人々に明かさなかった。

 そうしたら、どういう風に事態が転がるのか、見物じゃないかしら?


「あと少ししたら、きっといい報せが届くわ」


 私がそう言うと、モデストが溜息を吐いた。


「君の言った通りになりそうだな」

「まあね……」


 ちなみにここは寝室で夫婦が愛を語らう時間帯だ。

 それなのに私とモデストは大きなベッドの上で寝そべりながら、こんな色気のない会話をしている。

 当然、二人の間にはシーツで作った壁がいつも通りにある。


 この事態を収拾するまで壁がなくなることはない。

 だけど、私はなぜか、複雑な気分になっている……。

 モデストは寝室でのこんな有様にも私に何の文句もぶつけてこない。

 それどころか、すごい気を遣ってくれているのが分かる。

 何より、前世で獣みたいに盛っていた男と同じ生き物と思えないくらい紳士なのだ。


 おまけにそろそろ、解決しそうな気配がしている。

 私も覚悟を決めないといけないだろう。

 そうは言っても心の奥底に残るモデストへの恐怖が拭いきれてないのだ。


(でも、約束したし……。あの子達に会うには乗り越えないといけないわ)


 身体を慣れさせる為に今日から、モデストと手を繋いで寝ることにした。

 そのせいなのかしら?

 心臓がうるさいけど、ちゃんと寝られるかしら……。

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