第40話 悪妻、決める

 お父様の仰ることは理解は出来る。

 私は王家に連なる高貴な血を引いている。

 だからこそ、利用価値が高いことも理解してるつもりだ。

 伯父様から見たら、政略結婚の道具に過ぎないこともとうに分かってた。

 だから、しょうがないと頭では分かっているつもりなのだ。

 これは逃れられない運命なんだって。

 ただ、心のどこかが抗いたいって、藻掻いているみたい。

 心は苦しい……。


 お父様とお母様がそんな私のことを慮って、最後まで反対してくれたことも知ってた。

 でも、もうそんなことを言ってられないんだ。

 エンディアの動きはもう隠すつもりがないくらいに大胆になってきたらしい。

 連日のように国境地帯ではあからさまな挑発行為が行われていると聞いた。

 明らかにおかしい。

 もしかしたら、エンディアが侵攻してくる時期が早まったのかしら?


 大丈夫……。

 記憶に問題はあるけど、大丈夫……。

 問題はないはずだわ。

 右の手首に巻かれている黒いブレスレットが私を励ますように鈍く、黒い光を放っていた。

 無意識のうちにそれを撫でてると不思議と心が落ち着くのだ。


 これはタマラ先生から貰ったものだった。

 彼女の言い方はちょっときつくて、鋭さがある。

 だけど、厳しいだけじゃなくて、愛のある教えを授けてくれた。

 そんな先生のことが好きだった。


『大丈夫よ。あなたなら、出来るわ』


 微かにだけど、先生の声が聞こえた気がする。


「大丈夫ですわ。この縁談は以前から、決まっていたものでしょう? ならば、私は国の為、家の為に従いましょう」

「セナ……」

「セナちゃん、うぅ」


 お父様もお母様もくまが酷い。

 憔悴してるのが誰の目にも明らかな酷さだ。

 私は誓ったはず。

 絶対に守ってみせるって。

 でも、それは私だけの力では成し遂げられないことも理解してる。


「それで一つだけ、お願いがあるのですけど。よろしいですか?」

「うむ。何かな?」


 私がどんな我が儘を言うのかと思ってるのだろうか。

 お母様がちょっとハラハラした表情をしてて、ハンカチで顔を覆ってるけど、隠せてないよ?

 別にそれはいいんだけど。

 前世を思い出す前の私がやらかしていたんでしょう?

 我が儘が度を越してたんだよね。


 ロホとアスルの件でも結構、迷惑を掛けちゃったかなぁ。

 でもね。

 これは我が儘だけど我が儘じゃないの。

 お父様とお母様を守る為なんだから。


「私がトリフルーメに嫁ぎ、トリフルーメの王妃になることは避けようがないことと理解しました。ですから、私は……トリフルーメに居をうつしたいと思いますの。でも、それだけではいけないと思うのです。お父様とお母様も……我が家全員があちらの国へ行くべきではないでしょうか?」

「「なんと(なんですって)」」


 我が儘の内容が想定してたものとあまりに違ったのかしら?

 お二人とも開いた口が塞がらない姿のまま、固まってしまった。


「正式な結婚は二年後ですよね。それまでに伯父様を何とか、説得出来ないでしょうか? この婚姻により、トリフルーメを私達が発展させれば、どれだけ、ラピドゥフルに利があるのかということを……あれ? お父様? お母様?」


 どんな人か、思い出せないのはこの際、諦めるとしよう。

 だけど、トリフルーメの王子と婚約するのだ。

 私が学園を卒業するのと同時に正式な婚姻を結ぶのは既定事項だろう。


 前世でも確か、そうだった。

 余程のことがない限り、変わるとは思えない。

 前世での私達一家は王都に留まったまま、トリフルーメにうつらなかった。

 そのせいで悲劇に見舞われたのだ。


 だったら、どうすればいいのか。

 簡単な話じゃない。

 ラピドゥフルを出れば、いいのよ!

 あと二年間も猶予があるんだから、その間にグレンツユーバー家があちらの国にうつるメリットを説けば、いいのだ。

 合理主義の伯父様はきっと許してくれるわ。


 って、二人ともどうして、号泣してるの!?

 しかも『セナがまともなことを』『セナちゃん、悪い物を食べたのね』って、どういうことなのよ。

 私はかなり、過保護に育てられたと思ってたんだけど、一体、どう思われてたのか、自信がなくなってきたわ……。

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