第39話 悪妻、叫ぶ

 冒険者ギルドの依頼内容はオーガの討伐だ。

 討伐という以上、オーガを倒したという証拠が必要になる。

 だから、オーガであれば角のように特徴を表した物がいる。


 そのことを話すと『人間と友達になりたい』気のいい二人のオーガは躊躇うことなく、角を折ろうとした。

 オーガにとって、角は非常に重要な意味を持っているそうだ。

 角の優劣で身分にも差が出る。

 オーガの社会ではそういうことになってるらしい。


 それには理由があって、角が魔力の結晶と言うべき代物であって、力の源でもあるからと聞いた。

 そんな重要な物を躊躇なく、差し出そうとする二人を見て、優しさに甘えてはいけないと思った。

 友ならば、困った時に手を差し伸べるべきもの。


 でも、ギルドの依頼は別に絶対じゃないと思う。

 失敗してもいいものよね?

 何らかのペナルティが課せられるかもしれないけど、友を犠牲にしてまで達成するものではないだろう。


 しかし、ギルドにオーガの討伐が出来なかったことを正直に報告したところ、予想外の返答が待っていた。

 依頼成功とは認められなかったものの特に咎められることもなかったのだ。

 それどころか、非情にレアなケースとして、捉えられたみたい。

 オーガとの交流を経過報告して欲しいと言うのだ。

 定期的に報告をして欲しいという別件での依頼を受けることになって、ちょっと面倒に感じてる。


 二人と交流をするうえで色々と分かったことがある。

 オーガはかなり、特殊な習俗や文化を持っているようだ。

 民族皆兵とも取れるような極端な軍事主義を掲げているらしい。

 二人も無理矢理に徴兵されて、従軍していたそうだ。


 二人は戦うことが苦手で嫌悪感を持っていたこともあって、打ち解けるのが早く、仲が良くなったのだと言う。

 そんな二人だから、元々、闘争本能の塊のようなオーガにあって、目障りな存在だったようだ。

 彼らにとっては戦いこそが生き甲斐。

 それが欠けている者など不要って、考えるのがオーガらしい。


 それで二人は脱走をしたのはいいものの行く当てもなく、大陸各地をさまよった。

 落ち着いた先が例の森だったのだ。

 そして、二人の中では人間が美化されているみたい。

 人間は平和的で愛に溢れた種族だと思っていたのだとか。

 友達になりたいと考えに考え抜いた挙句、台本を考え、実行に移したのがあのお芝居らしい。


 赤いオーガ。

 通称赤鬼さんことロホはどうやら、頭の回転があまり、よろしくないようだ。

 あの芝居で二人とも人間と友達になれると本気で思っていたらしい。

 青鬼さんことアスルと別れることになるとは考えてもなかったようだ。


 赤鬼さんをロホ、青鬼さんをアスルと名付けたのは実は私である。

 オーガの文化では王族以外に名がないそうだ。

 二人とも番号で呼ばれていたと聞いた。

 名前はその者の存在を表すもの。

 それがないのは悲しいことだとも思った。

 だから、二人に名前を付けてあげたかったのだ。


 最初のうちは慣れていないこともあって、呼ばれても自分の名前と理解してなかったみたい。

 次第に自分の名前だと分かったからか、自分で自分の名前を言うようになった。

 余程、嬉しいんだろう。

 しかし、いかついオーガが『ロホ、がんばるのだ』と言ってもあまり、かわいくはない。

 ん? 逆にかわいいのかな?

 こわかわいいみたいな新しい表現かもしれない。


 二人とも共通語にはまだ、不慣れだ。

 言葉遣いにまだ、たどたどしいところがあるのはしょうがないと思う。

 それを除けば、びっくりするくらいの早さで馴染んで順応してる。


 ロホとアスルを匿ったのは私の実家であるグレンツユーバー家だからだ。

 ノエミも最初は二人のいかつい見た目だけで判断していた。

 怖がっていたくせに人(鬼?)柄の良さに触れるにつれ、打ち解けるまでにそんなに時間がかからななかった。

 今では料理が得意なアスルと料理談義に花を咲かせる仲の良さだ。


 王都にあるグレンツユーバー家タウンハウスの敷地は広大なものだ。

 裏庭も庭という規模ではすまない。

 つまり、何かを隠すのには最適な環境とも言える。

 普通に林と言っていいくらい、無駄に広いのだ。


 二人にはそこに住んでもらうことにした。

 幸いなことに素材はたくさんあるから、ログハウスを建てることになったんだけど、ここでも意外なことが起きた。

 頭はアレだけど、力自慢のロホに大工仕事が得意という才能が秘められていたのだ。

 あっという間に快適な我が家。

 それも四人家族が楽々に住める規模のログハウスを建てちゃったのだから。




 そして、私は現在――

 執務室で皺が増えるよと言いたいくらい、難しい顔をされたお父様とお母様を前にどうすればいいのか、困ってるところだ。

 もしかして、冒険者稼業を派手にやりすぎちゃったのかしら?

 それともオーガを引き取ったのがやりすぎだったのかな。

 前世よりは我が儘じゃないと思うんだけど。

 身に覚えのありすぎることばかりで嫌な汗が背中を伝うわ。


「セナ、すまない。これ以上、婚約を引き延ばせんようだ。不甲斐ない父を許してくれ」


 お父様は額が机にぶつかるってくらいの勢いで頭を下げるものだから、こっちの心臓がおかしくなるかと思った。

 お母様はお母様で潤んだ瞳にハンカチを当てながら、私を見つめてくる。

 ん? 婚約? 引き延ばす?

 そんな話があったのね。

 ちょっとだけ、ほっとした。

 怒られるようなことではなかったようだ。

 単なる婚約だもん。


「こ、こんやくぅー!?」


 何でそんな大事なことを忘れてたのよっ!

 えっと、誰と婚約……重要なことなのに忘れてる。

 何だろう。

 頭にもやがかかったみたいで思い出せないのだ。

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