閑話 愚者はひたすら愚かに

 また、君を失うところだった。

 僕のせいなのか?

 僕がいるから、なんだろうか?

 僕は存在してはいけないのか?


 ようやく迎えられた婚約式だった。

 それなのに君の表情はどこまでもいびつでその瞳には憎悪の炎が燃え上がっていた。

 どうして、こうなってしまったんだろうか。

 僕はまた、間違えたのだろうか?


 前世の記憶を取り戻したのは三歳の時だ。

 離縁された母が実家に戻ることが決まった。

 幼心に衝撃を受けた僕はショックのあまり、昏倒した。

 それが原因となって、思い出したのだ。

 だから、運命は変えられる。

 いや、変えてみせると決めた。


 母上との別れを変えることは出来なかった。

 もう少し、早く記憶が戻っていれば、変えられたのだろうか。

 そうだ。

 父上を助けることが出来るかもしれない。

 そうではない。

 しなければならないのだ。

 乱心した家臣に父が切り殺される未来を何としてでも変えてみせる。


 そう誓ったものの僕がエンディア王国の人質になる運命は前世と同じだった。

 どうにかしたいと思うだけでは駄目だ。

 力が必要だろう。

 そこで思いついたのがエンディアの王子であるノエルの力を借りることだ。


 前世ではこのエンディア人質時代にノエルと知り合った。

 彼を兄のように慕い、彼もまた、僕を実の弟以上に大事に扱ってくれた。

 実際は彼にとって、逆らわずに出来のいい使える男といった程度の認識だったようだが。

 ところがおかしい。

 ノエルと会うことが出来ないまま、父が斬殺されたことを知ったのはラピドゥフル王国でのことだ。

 人質交換でラピドゥフルの宰相アンプルスアゲル卿に預けられることとなった僕に事の詳細を教えてくれたのは誰あろう、そのアンプルスアゲル卿その人であった。


 前世と異なることが起きているようだ。

 それなのに運命はまるで変わっていない。

 駄目なんだろうか?


 このまま、何も変わることなく、また同じ人生を送るのだろうと諦めかけていた僕に希望を与えてくれたのは君だったんだ。

 前世ではまるで舞台演劇に出てくる悪役令嬢のようだった君。

 眩いブロンドの縦巻きを手で払いながら、ツンとした澄まし顔で僕のことを睨みつけてきた。

 見下すように酷いことを言う君のその瞳はどことなく揺らいでいた。

 そんな君の表情に僕は一目惚れしたんだったなぁ。


 ところが顔合わせに現れた君の姿は清楚にして、可憐。

 舞い降りた天使、いや女神だ。

 縦巻きではないだと!?

 編み込まれた金色の髪が彼女の魅力を十二分に引き出し、僕の目はやられてしまった。


 結局、君にまた、一目惚れしてしまった!

 しかし、手応えも感じている。

 運命とは変えられないものだと思いながらも未来は変えられるかもしれない。

 君が変わっていたから、僕も変われるかもしれない。

 僅かな希望であっても諦める訳にはいかないのだ。


 そして、運命は変わった。

 確かに変わったのだ。

 だがそれは望むべき未来なのか?

 分からない。

 だがせめて、君だけでも助けることは出来ないだろうか?

 それとも僕がいる限り、駄目なのか。


「お前が原因ではない。お前がいなければ、もっと最悪の事態が起きていただろう」

「そうね。何か、おかしいのよ。セナの様子、変だと思わない?」


 ナタリア殿とマテオ殿がいなかったら、僕はとうに諦めていただろう。

 前世では関わることがなかった二人。

 だからこそ、運命を変えるには必要なことなんだろうか?


「そうだな。セナが使う風の魔法ではなかった。そうだな?」

「は、はい。そうです。彼女の使う風は緑色の心地良いものです。ですが、あの時のセナの風には……黒いモノが混じっていました」

「黒いモノ……黒……。ねぇ、マテオ。セナって、あんなブレスレットしていた?」

「ブレスレットだと……いや、俺の記憶にはないが」

「そうだよね。あんなのをしてなかったと思うのよ。おかしいわ」


 魔道具はラピドゥフル王国ではあまり普及していない。

 習熟した文化として、魔道具を使いこなせるのはエンディア王国だ。

 今回の一件、エンディアが絡んでいるということか?

 アンプルスアゲル卿の暗殺を目論んだのはまさか、エンディアだというのか!?


 もしかしたら、君が狙われているのだろうか。

 僕に出来ることはなんだ?

 僕のことだけを忘れてしまった君。

 なら、せめて君のことを守りたいんだ。

 許してはくれないだろうか?

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