第38話 悪妻、丸呑む
私達が受けた依頼は簡単に言うと鬼退治。
本当のクエスト名は『オーガの討伐』なのだ。
オーガは鬼族と呼ばれる亜人の一種。
筋肉質の逞しい体躯は二メートルを優に超えていて、勇壮かつ強靭な性質で知られてる。
それ以上に彼らを有名にしてるのはその悪癖。
食人鬼なんて、悪名がつくこともあることから、分かるだろう。
彼らは悪食なのだ。
目に付くもの、動くもの、足が付いていたら食べるとまで言われるほどで残虐性は恐怖の対象となってる。
そんなオーガがなんと二匹? 二人? も出たというのだ。
オーガという種は生涯にわたって、個人で行動すると言われてる。
テリトリーが被ると同じオーガであっても殺し合うとさえ、言われてる。
だから、今回の事例は非常に不思議な現象らしい。
そして、今、私達はまさにその件のオーガと対峙してる訳だ。
森に潜んでいるのは二体と聞いていた。
ところが目の前で成人男性よりも長く、大木の幹くらいの太さがある金棒を振り回してるのは紺色の体色をしたオーガ一人だけだ。
額から、二本の角が生えており、鋭く尖った牙が垣間見える口許もとても、恐ろしい。
だけど、良く見るとおかしい。
怪しげな光を宿したその金色の瞳がせわしなく、動いているのだ。
いわゆる目が泳いでる状態でしょ、これ。
金棒を勢いよく、振り回していて、傍目にも恐ろしい光景なのによく見ると膝も微かに震えているようだ。
「よぐぎだな。おで、おまえらごろず」
片言の共通語のせいだよね?
すごく棒読みなのは気のせいだろうか。
大根役者。
そんな単語が頭を
「ね、ねぇ。あれが本当に凶悪なオーガなのかな?」
「そのはずだが……」
「おかしいわね」
「ええ、おかしいですね」
ナル姉なんて、鬼退治と意気込んで錫杖をグルグルと振り回してたのに釈然としない表情になってる。
四人ともこのまま、このオーガを倒していいのかという迷いが生じていた。
「までーまでまでー。ごごはおらにまがぜろー」
んー? んんんー?
赤銅色の体色をしたオーガがどこからか、現れた。
私達と紺のオーガの間に割って入った赤いオーガは当然のように私達に向け、武器を向けて……こない!?
「ぎざま、やろうっでいうんが?」
「おおども!やっでやんよ」
んん?
ポカンと口を開けたまま、動けない私達を尻目に互いに手にした長大な金棒で打ち合う赤と青のオーガ。
えー?
学園祭で行う素人の学生の演劇よりも見るに堪えない。
全く、壮絶ではない打ち合いだ。
何の茶番を見せられてるんだろう。
「おのるぇ、おぼえでやがれ」
青のオーガがお約束の捨て台詞を吐いて、森の奥へと駆けて行った。
放置していいんだろうか?
いや、いいんだよね、アレ。
だって、どう見ても無害そのものだった。
「どうしようか?」
ナル姉は頭が痛くなってきたのか、
ですよね?
どうすれば、いいんでしょう。
私にも分からない。
「逃げて行ったから、討伐になるか、が問題だな」
マテオ兄はいつも通りの冷静さはさすがだけど、そこじゃないよね!?
この赤いオーガをどうするの。
「ものすごく期待した目でこちらを見てるようだけど、どうするべきかな」
「そうだよね」
「君がそうしたいのなら、僕達は反対しない。思うようにしてみてよ」
イディはそう言って、私の心を後押ししてくれた。
何だろう?
妙に引っ掛かるものを感じるんだけど、そう言われて悪い気はしない。
赤いオーガは戦う意思はないと言わんばかりに金棒を離れた場所に放り投げた。
その目は何かを求めるようにジッと見つめてくる。
私はこの目をよく知ってる。
かつての私がそうだったからだ。
除け者にされて、爪弾きにされて、誰も頼れない。
それでも誰かに縋りたかったあの頃の私だ。
だったら、私のすることは決まってる。
「友達になりましょ。あなただけじゃなくって、もう一人もね」
「い、いいのが。おで、どもだぢ」
「あなたの友達がどこかに行ってしまう前に伝えてあげて。それでね……」
反対しないと言った三人だったけど、ジトッとした半目で見られ、呆れられたのは仕方ないことだろう。
善良な性質のオーガとはいえ、それを見逃し、私の実家であるグレンツユーバー家が領有する森に匿うことに決めたからだ。
案の定、あの青いオーガはお粗末な台本に従って、演技していただけだった。
どう見ても丸分かりなくらいに酷かったよね……。
青いオーガは自ら悪役を買って出たのだ。
悪いオーガの自分が人間を襲うから、そこに助けに入れば、すんなりと人間に受け入れてもらえるはず。
そう考えたらしい。
そんな自己犠牲の塊のような青いオーガは自分と赤いオーガが友人とばれたら、まずいだろうと思ったのだろう。
すぐにこの地を去って、姿を見せないと決めていたようだ。
赤いオーガはそれを聞いて、号泣し出した。
私からの申し出に青いオーガも感極まって、号泣し出した。
強面のオーガが私のような小娘を前に泣くとか、こっちの方が泣きたい気分だわ。
「ある意味、君らしいね」
「あぁ゛ん!?」
イディにポンポンと慰めるように軽く肩を叩かれ、イラッときてしまい、つい彼の頭をはたいてしまったんだけど、不可抗力だよね。
なお、密かに禿げちゃえ、禿げちゃえと念を込めたのは秘密だ。
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