第37話 悪妻、愉しむ

 当分の間の通学を禁じられてしまった。

 ショック!

 もう何もやる気が起きない。

 ……なんてことはない。

 実に自由な生活を送ってる。


 自由を享受する一方で何か、満たされないものがあると感じてるのも事実だ。

 何かを忘れてるような気がしてならない。

 それが思い出せない。


 学業に支障を来さないようにということで家庭教師による座学の講習が詰め込まれるのを予想していた。

 予め、あると思っていた方がやりやすいと思って、身構えていたんだけど。

 どうやら、ないらしい。


 私の学力が卒業を見込めるくらいに十分なので必要がないそうだ。

 あまり、目立つと面倒だから、バレない程度に手を抜いていたんだけどね。

 見抜かれてたのかな。


 そして、私にとって大事な魔法の勉強がなくなった。

 このことの方がショックだった。

 理由はタマラ先生が止むに止まれぬ事情とやらでやめてしまったからだ。


 止むに止まれぬ事情が何なのかは誰も教えてくれないんだけど、どうやら先生の故郷で何かがあったらしい、ということだけは分かった。

 故郷で何かということは親族に不幸があったとか、そういうことなんだろうか。

 ちゃんとお別れをしたかったわ。

 それだけが心残りかも。


 でも、悪いことばかりでもない。

 学園が休みの日にはシルビアとアリーが遊びに来てくれるのだ。


 アリーには人を楽しませる天性の才能があるんだろう。

 学園の様子を手ぶりを交えながら、面白おかしく伝えてくれる。

 それが何時間でもいけるんじゃないかって、くらいに飽きがこないのだ。

 『コメディエンヌになれそうね』って、冗談で言ったら、怒ったように見せといてからの『ちょっ!? あたしはヒロインなんだからね!』という見事なボケ。

 やっぱり、アリーはコメディエンヌになるべきじゃない?

 でも、チコとの恋愛は順調らしい。

 そんな将来はないのがちょっと残念だ。


 シルビアはペネトラレパクス令息との交際が清く、正しく続いているようで微笑ましい。

 政略結婚で幼い頃からの許婚なのに堅い信頼関係で結ばれているそうだ。

 ペネトラレパクス令息は既に学園を卒業している身だ。

 自領である辺境に身を置いているから、定期的に文と贈り物を送ってくるんだそうだ。

 どちらも心がこもったもので形式的なものではないことが良く分かる物だった。

 本当に愛されているんだろう。

 羨ましいかもしれない。

 政略結婚でそこまで互いに想い合えることはまずないんだろう。


 そういえば、私も年齢的に婚約者がいてもおかしくないはずなんだけど、そのことを聞いても皆、口をつぐむのだ。

 何か、あったんだろうか。

 打診はあったけど、家格が合わないから断ったとか?

 それにしても何か、おかしい。


 そうそう。

 日中もフリーになったから、もう大手を振って冒険者活動をすることにした。

 お父様は元々、私に甘いから、説得するのも楽だった。


 ナル姉とマテオ兄が護衛として、常に付き添うこと。

 危ないクエストには手を出さないこと。

 これだけで許してくれたのだ。


 むしろお母様の許可を取る方が厄介だった。

 『もし、セナちゃんの顔に傷がついたらと思うと』って、すごく心配してるのが分かるから、嬉しいんだけどね。

 だから、この活動が家の為にもなるし、国の為にもなる。

 そして、私自身の為にもなるってことを伝えて、どうにか納得してもらった。

 お母様は元王女だ。

 国の為というところに考えさせられるものがあったらしい。


「イディ、今日もあなたが一緒? いつも、私達に付き合ってくれるようだけどいいの?」

「あ、ああ。か、かまわないとも。エ、エリー。君の為なら、どうということもない」

「ふぅーん、変な人」


 変な鉄仮面を付けていたイシドロが仮面を外して、参加するようになった。

 そうすると不思議なものでいつしか、行動をともにすることも多くなっていた。

 今では彼のことを愛称のイディと呼ぶくらいに距離感が縮まったと思う。

 年齢が私より二歳下。

 何と、年下だったということも分かった。


 だけど、未だにまともに目が合うことはない。

 挙動不審なところもあるけど、それほどは気にならなくなった。

 悪い人ではないと思えるようになったから、かもしれない。

 ただ、彼の黒曜石のような瞳がたまに悲し気な色を帯びていて、妙に大人びて見えることがある。

 その姿を見ると胸と頭の奥でチクッと針が差したような痛みが走るのだ。


「さて、今日は鬼退治よ。はりきっていきましょう」


 錫杖を勢いよく振り回しながら、そう言って目を細めるナル姉。

 あなたの方が鬼みたい……とは言えない。

 言った日には血の雨が降りそうだ。

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