第41話 悪妻、姦しく生きる
トリフルーメの王子であるモデストとの婚約。
当事者である私の知らないうちにとんとん拍子で話が進んでいるようだ。
そりゃ、話を進めてもいいと言ったのは私だけど、複雑な気分。
行われる予定だった婚約式は中止ではなく、無期限延期と決まった。
卒業後はなし崩し的に嫁ぐのだから、もう中止でいいと思うんだけど。
それなのに婚約届だけは提出されたようで……。
色々と飛ばして、正式な婚約関係になってしまったのだ。
「でも、これでセナも私と同じになりましたのね。嬉しいですわ」
「二人ともずるいわぁ。あたしも早く、婚約したいよぉ」
学園に復帰した私はシルビアとアリーと一緒に中庭のガゼボで昼食をとっている。
女三人寄れば何とか、なのかしら?
いわゆるガールズトークに花が咲いて、箸が進むよりもお話に夢中になってしまうのはしょうがないことだろう。
食べるのも大事だけど、お喋りも大事なのだ。
「それでセナ。お相手の方はどうだったの?」
「え?」
「え? じゃないってば。王子様なんでしょ? どんな人?」
「さぁ? 良く知らないのよね。政略結婚だし?」
「いやいや! おかしいでしょ」
「ええ、おかしいですわ」
オムレツを口に含みながら、詰めてくる二人の凄みに私はタジタジだ。
どうして、そんなに圧をかけてくるのよ!?
「政略結婚でもしっかり、お相手と意思を疎通しないといけませんわ。どのような方か、分からなければ、一生添い遂げることなんて、出来はしませんのよ?」
「そうだよ、セナ! 愛が全てだよ、愛なき人生なんて、ダメだよ」
「う、うん。そだねー」
二人とも鼻息が荒すぎて、怖いくらいだ。
私は興味ないんだけど、そんなに気になる?
出来たら、私には不干渉な人だといいと思う。
私も不干渉でお互いに空気みたいなものでいいんじゃない?
そうしたら、冒険者活動も出来て……んんん?
一国の王妃たる者が冒険者活動はまずい気がしてきたかも。
「モデスト王子って、確か、入学式で新入生の代表を務めてなかった?」
「そうですの?」
「へぇ、優秀な人なのね」
私は暫く、学園を休んでいたので入学式の様子を知らない。
シルビアも欠席したらしくて、よく知らないみたい。
どうしても、薄い反応になってしまうのはしょうがないのだ。
むしろ、やる気が有り余っているアリーが不思議に思える。
「だから、セナはどうして、そう興味がないのよ? 王子だよ? 婚約者だよ? もっと興味持とうよっ」
「う、うん。それがね……」
自分の身に起きた不思議な症状について、語ることにした。
皆のことを忘れた訳ではない。
自分のことも覚えてる。
前世で三十七年間生きたことも最期は殺されたことも覚えてる。
それなのにモデストというたった一人の男のことだけがすっぽりと抜け落ちているのだ。
そう言うと二人とも何とも言えない複雑な表情になったので私も困ってしまう。
「ごめんね。変な話しちゃって」
「辛いのはセナですわ」
「そうよ。知らなかったからって、あたしこそ、ごめんね」
「ううん、いいのよ。大したことないし」
「「そうな(です)の!?」」
そんなに大した問題ではない。
日常生活には支障ない。
どうせ分からないのなら、これから知ればいいだけなのだ。
そう考えれば、楽だと思う。
また、無意識のうちに右手のブレスレットを触ると不思議と勇気が湧いてくる気がする。
結局、アリーに押し切られる形で件の婚約者様の顔を拝みに行く羽目になった。
学園は学年別に階で区分けされているのだ。
そして、卒業を控える四年生だけは別校舎に分けられている。
一級から、五級という成績順のクラス分けも全学年共通のルールである。
モデスト・トリフルーメは一学年の一級クラス。
どうやら、私の婚約者は相当に優秀らしい。
三人でこっそり、見に来たつもりなんだけど……。
なぜか、私達の方が見られている感じがするのは気のせいかしら?
気にして、どうにかなるものではないから、気にしないけど。
「
「黒髪でお目目も黒曜石という噂ですのよ。もしかして、あの御方では?」
「ち、ちょっと……あたしら、目立ちすぎてない?」
私とシルビアはどちらかと言えば、周囲の状況に無頓着な方だ。
二人ともアリーが言うところの悪役令嬢なのだ。
気にするだけ、無駄だと考えてる。
前世では友達もいなかった。陰口を叩かれて、陰湿ないじめも受けた。
何と言う孤独な学生生活だったんだろう。
好奇の視線を向けられるくらい、どうということないわ。
「あれがモデスト殿下?」
そのクラスに黒い髪と瞳の少年は一人しか、いなかった。
切れ長の目からは意思の強さだけではなく、激しい気性が垣間見えている。
雰囲気は物静かなのに内に燃え盛る炎のような激しさを秘めている。
そんな風に感じられたのだ。
そして、不思議なことがあるものだとも思った。
私が良く知ってる友人にあまりに似ているからだ。
「イディに良く似てるのね。世の中、似てる人が三人いるって、言うけど不思議なこともあるものね」
「そ、そうね。不思議ですわね」
「ほ、ほんと。もしかしたら、学園七不思議かもよ」
腕を組み、うんうんと一人頷く私にシルビアとアリーは微妙な顔をしてる。
シルビアが軽くアリーを肘で小突いたように見えた。
何なのかしら?
何だか、変な感じがするわ。
その時の私はまだ、何も知ることのない愚か者に過ぎなかったんだろう。
友人のやや慌てたような仕草に気付くこともなく、気心が知れた冒険者仲間に似た婚約者となら、うまくいくかもしれないと淡い希望を抱いていたのだから。
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