第32話 悪妻、歯噛みする
尾を切られ、片角を折られたオフィオタウラスの双眸が怒りに燃え上がっている。
冗談ではなく、文字通り、炎のような輝きと揺らめきを見せているのだ。
さすがは魔物……。
なんて、感心している場合じゃない。
オフィオタウラスは前足の蹄で勢いよく、地面を蹴り出すと憎悪の対象へと向け、突進してくる。
姿勢を低くし、その鋭く尖った角で仮面の馬鹿の胴を串刺しにしようと狙ってきたのだ。
その動きを読んでいたかのようにさっと躍り出た影があった。
「油断するな」
マテオ兄だ。
しかし、相手は大型の魔獣。
魔法で支援を受けた盾は防御も十分だと思う。
タイミングよく、防いだようにも見えた。
それにも拘わらず、マテオ兄の腕は力無く、ダラッと垂れさがっている。
まさか、折れたの!?
まずい、何とかしないと。
そう思うのに体が動かない。
このままだとマテオ兄も仮面の馬鹿も危ないじゃない。
「手負いの獣は危険よ。まずは動きを止めないと!」
いち早く、マテオ兄の側に駆け寄ったナル姉が癒しの魔法をかけながら、呆然としてる私達に指示を出してくれる。
「シア!
「あ!? は、はい」
ナル姉のお陰で冷静さを取り戻せた。
今、何をしなければいけないのかが分かったのだ。
アリーが
怒りに任せた咆哮とともに引き千切ろうとするオフィオタウラスだけど、アリーの魔力がそれを上回っているようだ。
絡み取られ、身動きが出来なくなった今がチャンスだ。
「ルビー! 今よ」
呆けていたシルビアだけど、私の声で我に戻ったんだろう。
一本が左目に深く突き刺さり、もう一本は右前足の付け根に突き刺さっていた。
シルビアは急所の眉間を狙ったみたいだけど、野生の勘で微妙に避けられたらしい。
そのせいで目に刺さって、余計に怒り狂っているみたい。
でも、前足の付け根に刺さった
「よーし、じゃあ、私が……」
「チャンスは活かす! とうっ!」
あ、あの仮面の馬鹿!
また、私が喋っているのにかぶせたわね?
光の魔法剣を両手で構えた仮面の馬鹿が高く跳躍し、その刃をオフィオタウラスの首に目掛けて、一閃した。
怒りに燃えていたオフィオタウラスの瞳から光が消え、大地にその首が転がり落ちる。
「つまらぬ物を切ってしまった」
またもきれいに着地した仮面の馬鹿は決め台詞なのか、訳の分からないことを言ってる。
私から、出番と台詞を奪って、それですか……。
少々、イラっとしながら、仮面の馬鹿の様子を窺うとなんだか、おかしい。
その手にある光の剣から、刀身が消え去ると仮面の馬鹿はがっくりと片膝を付いたのだ。
息遣いも荒くなっているようにも見える。
「大丈夫なの? 今、癒しの魔法をかけるから」
さすがに心配になったから、駆け寄った。
そう声をかけてから、彼の手を取り、魔法をかけようとしたら、その手を払われた。
「え?」
私は地面に尻餅をついている。
なぜかって?
この馬鹿に突き飛ばされたからよ!
「あ……い、いや。こ、これはそういことではなくて。あわわわ。うわー」
何なのよ、あれ……。
失礼な態度を取られただけでも目が吊り上がりそうなくらい私としては不機嫌なんだけど!
脇目も振らず、逃げていったのよね?
「何ですの、あれ?」
「ツンデレでもないし、キョドってるだけじゃ」
シルビアも首を傾げてる。
アリーはちょっと何を言ってるか、分からない。
だけど、ニュアンスとしては同じようなことを指しているのだろう。
本当、意味が分からないわ。
マテオ兄、ナル姉も口を半開きにして、固まっていた。
本当に驚いたんだろう。
目が合うととても、すまなそうな表情をされたんだけど、どうして?
結果として、オフィオタウラスの討伐には成功した。
肝の入手にも成功である。
何ともいえない気味の悪いものが棘のように心に刺さっているのを除けば、だけど。
この微妙な心持ちのまま、私はひと眠りしてから、モデストと顔を合わせなくてはいけない。
あぁ、気が重い。
気分が悪い。
あぁ、具合が悪いっ!
婚約式だけじゃなくて、結婚もなくなればいいのに……。
そんな後ろ向きなことばかり考えながら、私はそっと瞼を閉じるのだった。
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