閑話 愚者と愚者に過ぎたるもの
魔獣オフィオタウラスを討伐し終えた一行。
『あ……い、いや。こ、これはそういことではなくて。あわわわ。うわー』と叫び、何処かへと走り去った仮面の少年――イシドロは一人寂しく、膝を抱え、薄っすらとだが、明るくなってきた空を見上げていた。
そこに音もなく、ぬっと現れたのは大きな槍を肩に担いだ小さな人影である。
「あそこでああいうことをしちゃいますかね」
「カリストか。返す言葉もない……」
小さな人影の正体はカリストと言う名の子供だった。
何も言わず、イシドロの隣に腰掛ける。
それは二人にとっての日常でもあった。
これではどちらが年上なのか、分からないくらいにイシドロの様子は頼りが無い。
項垂れており、目も当てられないイシドロにかける言葉は無いのか、カリストは一つ溜息を吐いた。
「チャンスが潰れましたよ。どうするんです?」
「そうなんだが……体が言うことを聞かないんだ」
カリストは魂の抜けたような虚ろな表情で空を見つめる五歳年上の主君に半ば、呆れながらも見捨てられないのだろう。
そういう男なのである。
カリスト・リブロムルトゥス。
この時、僅か九歳。
職務内容は影の護衛騎士である。
見た目がちょっと容姿が整った『可愛い子供』なので周囲を油断させ、欺くという意味でも適任者なのだ。
彼が肩に担いでいる身の丈に合わない大槍は伝説に謳われる神々の時代より、伝わる(とされる)。
その名は竜撃槍ガエボルグ。
神々の時代、悪神の手先として暴虐の限りを尽くした悪竜から、人々を守った善なる竜がいた。
善なる竜と悪竜が刺し違えとなり、まさにその命が尽きんとした時、友である騎士にこう託したのだと言う。
『我死すとも君らを永久に守ろう』と。
こうして誕生したのが善なる竜の遺した骨より、作られた
過去の歴史において、ガエボルグはその伝承に違わない力を発揮し、世界を守って来たと言われる。
しかし、ガエボルグにはたった一つだけだが、実に困った特性を有していた。
自らの主を選ぶのだ。
選ばれない者は触れることすら叶わないし、呪われた者すらいると囁かれるほどである。
当代、ガエボルグに僅か六歳で選ばれた者こそ、カリストに他ならない。
後にトリフルーメ随一の英雄として、『モデスト王に過ぎたるもの二つあり。即ち、
「どうすれば、いいんだろうなぁ」
「はあ……そうですね。徐々に慣らしていけば、そのうち大丈夫ですよ。殿下はもっと自信をお持ちください」
カリストは九歳の自分になぜ、そんなことを聞くのだろうかという疑問を感じ、内心、『(´・ω・`)知らんがな』と思いながらもつい真面目に考え、答えてしまう。
元より、真面目で忠義の心篤き性質である。
主君の悩みがどんなものであろうと精一杯答えるのが臣下の務めと思っているのかもしれない。
「そうか。そうだよな。自信を持てば、いいんだよなぁ。辛いなぁ」
「大丈夫です、殿下! 殿下の良さをセラフィナ様に分かっていただければ、きっと大丈夫です」
「そうかなぁ……大丈夫かなぁ」
しまいにはいじけたように足元の草を抜き始め、愚痴を言い始めるイシドロに年齢よりも忍耐強いカリストの精神も限界が近いようだ。
『うわ。面倒な人だな。ゴチャゴチャ言わないで男は黙って、抱き締めれば、解決じゃないのかな? 父上と母上はそれでいつも、仲良しだし』と心の中でぼやいているが、ここまで一切、表には出さないあたり、この年で騎士の鑑と言ってもいいくらいに良く出来た子である。
ただし、それも限界である。
「四の五の言わずにギュッと抱き締めれば、いいんですよ!」
「え?」
「あ?」
カリストが『やっちまった』と思いつつ、イシドロの顔を窺うといくらか、憂いと迷いが消えたように感じられる妙に晴れやかな表情をしていた。
カリストは知らなかった。
その一見、無謀とも呼べるアドバイスが敬愛する主君の運命を大きく、変えることになろうとは……。
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