第31話 悪妻、慄く
『来るぞ』というマテオ兄の声を合図にでもしたんだろうか?
木々を薙ぎ倒しながら、現れた獣の姿は私の想像を遥かに超える化け物だったのだ。
牛と蛇が合成されたような姿とは聞いていた。
聞いてはいたけど、聞いていた話と実物がここまで違うなんて、誰が思うのよ?
体だけじゃなく、膝までも笑ってるみたいにガクガクと震えてくる。
正直、怖いという感情が浮かんでくる以外、何も考えられない。
それくらいに目の前にいるオフィオタウラスは化け物なのだ。
それも規格外の化け物。
だけど、ここで怖かったから、おめおめと逃げるという選択肢を選ぶ訳にはいかない。
運命を変えるには相応の覚悟と代償が必要ってことなんだろう……。
「シア、防御の魔法をお願い。ルビーは攻撃魔法の詠唱ね」
私は今、自分が出来ることをしなきゃいけない。
アリーが得意な地の防御魔法である
これで防御力と回避力が底上げされるので守備面はかなり向上するはずだ。
前衛のマテオ兄と
「こっちだ!」
マテオ兄が大盾を構えて、得物の斧を叩きつけ、オフィオタウラスを挑発するように誘導する。
その隙にシルビアが闇の攻撃魔法である
オフィオタウラスはというと鼻から、紫色をした煙のような物を噴き出している。
その色合いから、毒性が強いんじゃないかと思うんだけど、
ただ、ポタポタと口から凄い勢いで涎が垂れているのが気になる。
涎は地面に滴るたびに大地から、シュウシュウと白い煙が立ち上っていた。
鼻息は毒。
涎は溶解液ということなの?
とんでもない化け物ね。
私も攻撃魔法で仕掛けるべきかなと悩んでるとアリーもそう思っていたんだろうか。
二人で顔を見合わせてしまい、ちょっとバツが悪い。
「ふっ。見せてもらおうか。化け牛の力とやらを!」
戸惑っている間にあの
動きが速い!
それに高く跳んだのって、大丈夫なんだろうか。
あれじゃ、蛇の尾で叩き落とされる未来しか、見えない。
抜いた剣は柄だけだし、本当に馬鹿なんじゃないの!
しょうがないわね。
こっそりと手を貸すしかないかな。
うねる蛇の尾が無防備な仮面の馬鹿を狙ってきたところを
「甘い」
「「嘘ぉ!?」」
勢いよく跳躍した仮面の馬鹿がオフィオタウラスの頭に目掛け、刃の無い剣を振り下ろす。
跳躍姿勢は無防備そのもの姿勢で丸太よりも太い蛇の尾が仮面の馬鹿を叩きつけようと迫っている。
「危ない!」と思わず、目を瞑ってしまったら、ドスンという大きな音とともにオフィオタウラスの尾が寸断され、先端部が地面に落下した。
切られてもなお、のたくっている。
仮面の馬鹿は勢いをそのままに剣を振り下ろして、オフィオタウラスの左角まで切り落とした。
スタッという音とともにきれいな姿勢で着地するその姿はどこか、憎たらしくもある。
何だか分からないけど、ちょっとイラっときた。
でも、おかしいわ。
あれって、柄しか無かったよね?
今、仮面の馬鹿が手に握ってる剣には太陽の光のように金色に輝く刃があるんだけど。
もしかして、あれって……光の魔法剣なの!?
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