第二章 セラフィナ 十四歳

第29話 悪妻、目論む

 入学式はつい先日のことのよう。

 それなのに年月の経つのって、早いものだ。


 私、セラフィナは十四歳になった。

 死んだはずなのに生きていて、十二歳に戻ってから、もう二年も経ったのだ。


 そして、気付いた。

 三十七年間、セラフィナとして生きて、死んだ記憶と経験は確かに私の中にある。

 あるのだけど、まだ子供である肉体に精神が引っ張られるのかもしれない。


 時折、言動が幼くなってしまうのだ。

 これには困ってる。

 でも、どうにもしょうがない。


 あぁ、運命の時が近づいているわ……。

 この年、憂鬱になるイベントしかないんだからっ!


 まず、もっとも注意しないといけないのはあの男……モデストがいよいよ、入学してくるのだ。

 考えただけで胃がキリキリとしてくるわ。

 未来の夫であって、まだ夫でないんだけど、こうなるとモデストが原因の夫源病みたいだ。

 とにかく、あの男がイライラとしてくる原因であることは間違いないわ!


 そして、止めでもう一点。

 そのモデストと正式な婚約式を挙げなくてはいけない。

 これはもう確定なのよ。


 彼は表向き、丁重に扱われている賓客。

 実際にはていのいい人質という扱いに変化はない。

 彼の居宅は未だにアンプルスアゲル邸のままだ。


 監視しながら、将来の優秀な人材育成も出来るんだから、我が国にとっては実に望ましいこと。

 私にとっても助かるし、顔を合わせなくて済むのでありがたい。

 これで婚約が決まったから、我が家に越してくるなんて、言われたら、どうしよう。

 血を吐くかもしれないわ。


 しかし、この二年間、何も悪いことばかりという訳でもない。

 友人との仲はさらに深まっている。

 何? その目は?

 友人は二人しかいないけど、何か問題あるの?


 まぁ、いいわ。

 量より質だもん。

 たった二人でも私にとっては百人いる有象無象より、頼りになるんだから。

 悲しくなんてないわ。

 前世では一人もいなかったんだからね。


 そして、大事な友人であるアリーの恋を成就させるべく、私とシルビアは全力を尽くした。

 アリーとチコの仲が進展すべく、影から日向から、援護したのである。

 もう、それこそ、手段を選んでなんかいられない。

 家の権力も思い切り、使って、やりましたとも!


 どうにか、チコがアリーに好意を抱くまでは持っていった努力を評価して欲しいわ。

 ここに至るまでのアリーの涙ぐましい努力。

 私とシルビアの血にまみれ……おっと……そ、そう!

 友情の力で二人はお付き合いすることになったのだ。


 あとはチコが有能な王子に育つことを祈るのみ。

 いやいや。

 祈っていたら、駄目なんだった。

 有能に育てなきゃいけないのよ!


 どうせなら、モデストくらいになってもらわないといけない。

 あの男、人殺しのクズだけど王としては有能なのは事実だもん。

 多分、それは先生が影響してるのよね。


 ――という訳で一年後、何となく、病気で死んでしまうアンプルスアゲル卿に長生きしてもらわないといけないのだ。

 前世ではあの人があと五年生きていれば、あのような悲劇は起きなかった、とまで言われた人ですもん。


 どうにかして、助けることは出来ないかしら?

 延命が出来たら、一番なんだけど。

 タマラ先生から、それとなく大先生の話を伺うとここのところ、体調を崩してるという。


 彼はまだ、そこまで高齢って訳でもないのにおかしい。

 そう思って、先生からそれとなく聞き出して分かったのは仕事のし過ぎということ。

 つまり、大先生の前世での死因は過労死だったのだ。


 目標はおのずから、決まった。

 モデストは適当にあしらう。

 期待しては駄目。

 期待するだけ、裏切られた時の心の痛みが辛いから、期待はしない。


 だけど、期待しない代わりに最大限、利用させてもらうつもりだ。

 モデストの妻となって、トリフルーメの王妃となる。

 その権力を有意義に使わせてもらうとしよう。


 もう一つ。

 大先生に少しでも長生きしてもらうべく、栄養価の高い物を食べてもらうことに決めた。

 それだけじゃなくて、仕事が少しでも減るようにお父さまのお仕事を増やした。

 そのせいでお父さまが最近、ちょっと疲れてるけどね。


 はぁ……。

 当面の敵はとりあえず、モデスト。

 というか、婚約式ね。

 あれを何とか、乗り切ってしまえば、学園で顔を合わせることもないでしょ。

 学年が違うんだし、向こうだって、私にそんな興味を抱いてないはず。

 大丈夫! 大丈夫! 婚約式を乗り切ることだけに集中しよう。


 そんな私の楽観的な考えは婚約式当日、モデストによって、呆気なく、かつ、木端微塵に吹き飛ばされることになるのだが、神ならぬ私はそんなこと知る由もなかった。

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