閑話 ????、迷走する
あれから、二年か。
長かった。
本当に長かった。
顔合わせは二度もあったんだ。
なのに、何も生かせなかった自分が愚かしく、憎い。
彼女の顔を正面から見ると駄目だ。
心臓がおかしくなって、脈は速いし、息苦しい。
つい顔を背けてしまった。
そっと彼女の顔を窺うとその目が微妙に吊り上がっているように見えた。
怒っている。
間違いなく、怒っている。
彼女に会うのが怖くなった。
これ以上、自分の情けない姿を見せたら、嫌われていくだけだと思った。
学ばなくてはならないことが多いと逃げることにした。
セナがこれを不満に思い、抗議しに会いに来てくれるかもしれないと淡い期待を抱いたが……そんなことはなかった。
二つ返事で了承したのだ。
『私もとても忙しいので』と満面の笑顔で言っていたと聞き、少なからぬショックを受けた。
これではいけない。
こんなことではまた、彼女を失ってしまう。
だが、僕は学んだのだ。
人とは一人で生きているのではない、とね。
師であるニクスに教えを請い、姉弟子であり、セナの家庭教師でもあるタマラから、彼女のことを色々と聞き出した。
その結果、ピンクの薔薇を贈ることにした。
敬愛する師匠が『花を贈られて、悪い気がする女性はいないでしょう』と自信満々かつ涼し気な顔で仰った。
間違いない。
師匠の言葉は絶対だ。
その話をタマラに語ったところ、『あの先生に男女の話を聞いても無駄よ? あの人、木から生まれたって言われても信じられるくらいに恋愛に関してはポンコツなんだから……』と溜息を吐かれながら、コンコンと説教された。
どうやら、また間違ったということか。
タマラにそれとなく、セナの好みを聞いたら、『影のある幸薄そうな美少年』という良く分からない単語が出てきた。
師匠は『鍛錬せよ。さすれば、道は開かれよう』となるほどと思われることを仰った。
さすがは師匠だ。
僕は脇目も振らず、雨の日も風の日も雪の日も剣を振り、魔法を唱え続けた。
がむしゃらに頑張った。
刃を潰した剣で岩を真っ二つに切れるようにもなった。
だが、まだまだ、精進が足りないだろう。
師匠もこれくらいは素手でどうにかするようにと仰っていた。
しかし、間もなくセナと正式な婚約を交わす婚約式が執り行われると決まった頃、あんなに元気だった師匠が体調を崩し始めた。
これはまずいかもしれない。
師匠がいなくなれば、この国を待つのは暗い未来しかないのだ。
どうにかして、避けなくてはいけない。
タマラによると師匠の体調を気にしているのはセナも同じらしい。
彼女は誤解されやすいだけで本当はとても優しいことを僕だけが知っている。
そうか、セナもか。
そこからの僕はひと味違った。
セナが実の兄や姉のように慕っているナタリア・プテウスとマテオ・ミノルアゲルと密かに連絡を取り合ったのだ。
セナに気付かれないように彼らと会った僕は恥を忍んで、頭を下げて頼んだ。
警戒していた二人もやがて、僕がどれだけ本気かということを信じてくれたようで口裏を合わせてくれると約束した。
「ぼ……俺はイシドロだ。よろしく頼む」
「どこかで会ったことあります?」
「いや、知らないな。君とは初対面だ」
醜い傷痕があるので仮面で顔を隠しているが腕は折り紙付きという触れ込みの剣士、という設定だ。
そう。
僕は仮面の剣士イシドロ。
モデストではない。
「そ、そう? どこかで聞いたような声なんだけど」
鋭い。
だが動揺してはバレてしまう。
おまけにこのパーティー、マテオ以外は女子ばかりじゃないか。
何て、うらやま……いや、けしからん。
だが迷っている暇はない。
今度こそ、間違えないと決めたじゃないか。
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