第26話 悪妻、篭絡する
この世界の人間ではない。
この一言に驚くとともに納得するものがある。
アレシアがいくら市井での生活が長いとはいえ、言動があまりに常識外れだったのはそのせいだったのか。
彼女の話を与太話と一笑に付すのは愚かなことだわ。
前世の記憶持ちには色々なタイプがいるのだ。
私のように時が巻き戻ったとしか、考えられない事例は聞いたことがない。
だけど、かつての人生を自叙伝として出版し、一躍時の人となった作家も確かに存在している。
メジャーと言ってもおかしくないだろう。
それだけではない。
たまにいるのだ。
別の世界で生きていた記憶を持つ人間。
この世界にはない知識を持つ。
その知識は幸いであり、災いである。
知識を生かすも殺すもその人次第だもの。
「あたし、この世界はゲームだと思ってて、それでストーリ通りに進めればいいって考えたの。でも、自分の名前も思い出せなくなってきたの。何で死んだのか、どこで死んだのか……どんどん、記憶が消えていくの。今では覚えているのが『君は世界のヒロインだよ。思いのままに幸せになるといい』って言葉だけ。それだけがずっと、頭の中に残ってて……」
「「げーむ?」」
アレシアの話にシルビアともども、理解が追いつかない。
彼女の言ってる『げーむ』なるものが分からない。
彼女はこの世界を『何か』と混同させていた、という点では小説の主人公と思い込む精神病に近いのだろうか?
だけど決定的に違う点があった。
彼女に『ヒロイン』だから、『何をしてもいい』と唆した存在がいたのだ。
これは病気じゃない。
アレシアは被害者といってもいいだろう。
「アレシア。あなたの言う『げーむ』が分からないから、こう言ってしまうとあなたを傷つけるかもしれないんだけど……。あなたがこれまでに取ってきた行動はいけないことよ」
私の言葉に彼女自身も考えるところがあったんだろう。
俯いて、神妙に聞いてくれるみたいだから、ちゃんと言っておこう。
「アレシアは知らなかった、気付いていなかっただけ。でも、気付いてしまったのでしょ? この世界は現実のものであって、自分がアレシア・コルリスという生きている人間だということに。周りの人間も血の通った人間であるということに」
アレシアが血が滲みそうなくらい下唇を噛んでいるのが分かる。
彼女がどこでその事実に気が付いたのかは分からない。
認めたくなかっただけなのかもしれない。
「今までのあなたはまだ、本当の意味で生きていなかったのよね。だったら、あなたは今日、生まれたって考えたら、いいんじゃない?」
「そ、そんなのって、ダメでしょ。あたし、酷いことしてきたのに」
アレシアは首を軽く左右に振って、拒絶の意思を表すけどその目から静かに零れ落ちる雫が見えた。
「私、セラフィナがいいって、言ったらいいのよ? だって、私は我が儘な悪役令嬢なんだから」
「ほ、ほんとに?」
「セナがいいって、言ってますのよ? 『YES』以外の答えはいらないですわ」
私の隣でそう言ってるシルビアの目が怖い。
目は口程に物を言うなんて、生易しいレベルじゃないわね。
目で殺せるんじゃないの?
「今日から。いえ、今この時から、私達は友達よ」
「セ、セナ……ありがと」
あれ? しおらしくなったアレシアはかわいいんじゃない?
自称だけどヒロインなんだし、愛らしい見た目だもん。
これなら、王子が恋に落ちるのも分かる気がするわ。
「あたしのことはアリーと呼んで。セナだけ、特別だからね」
そう言って、私にウインクしてから、シルビアとの間にまた、見えない火花をバチバチと飛ばしてる。
やっぱり、この子はかわいくないかも……。
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