第25話 悪妻、告白する

 やれやれ、ですわ……。

 結局、私の家の馬車で件の喫茶店に行くことになった。

 どうして、こうなったのかしら?


 ズルズルと私達を引き摺っていくから、まさかの歩きで行く気!? 遠いんだけど、正気なの? と思っていたら、何の考えも無しに思いつきで動いていただけらしい。


 アレシアの座右の銘はきっと『猪突猛進』だわ。


「このパンケーキ最高!」


 確かにこの店のパンケーキは美味しいわ。

 ふわふわした生地に絶妙な甘さのホイップが乗って、お好みでかけるシロップがさらなる極みへと……って、私が考えてる間にまた、注文してるんじゃないの!


 一体、何枚食べる気なのよ。

 数えるのも嫌になってるくらいに食べてるわね。


 その小さくて、細い身体のどこに食べ物が消えてるのか、不思議だわ。

 あの馬鹿力も不思議だけど……もしかして、力を維持するのにたくさん食べないといけないの?

 それなら、説明が付くわ。


「アレシアさん、あなたの辞書に遠慮という文字はありまして?」

「エンリオ? そんな親戚はいないわ」


 バキッという音がして、思わずビクッとなってしまう。

 シルビアが握っていた扇子を握り潰したようだ。

 私が奢ると宣言したら、これだ。

 シルビアが代わりに怒ってくれたみたいだけど、全く、効果は無い。


 私は怒りではない感情が芽生えてる。

 例えるなら、そうね。

 かわいい珍獣を見つけた!

 これに近いかもしれない。


「アレシアさん、一つ聞いてもいい? 気になることがあるの」

「え? 何よ、難しいことは分かんないよ」


 そう答えながらも、口に物を運ぶ手を止めようとはしない。

 ここまで食べることに集中出来るなんて、もはや才能じゃないかしら?


「あなたはヒロインで王子様と結ばれるって、言ってたでしょ? それは小説の話なの?」


 ひたすら、口にパンケーキを押し込んでもきゅもきゅと食べていたアレシアがキョトンとした顔になって、固まった。

 あれ、違ったのかな。


「小説? ゲームでしょ? あっ!? 違うから。あたしは……でも、こんな話しても信じてもらえないだろうし」


 何者も恐れるものがないとでも言わんばかりに自信に満ちていたアレシアの瞳が初めて、揺らいで見えた。

 単に王子様に憧れているだけのお花畑じゃないということかしら?

 何か、私みたいに抱えているものがあるのかもしれない。


「私も実は誰にも言えない秘密があるの。シルビアは知ってるし、親しい人には信じてもらえないかもしれないけど、話したの」

「セナも!? で、でも、あたしのは……」


 それでもアレシアは踏ん切りがつかないのか、迷ってるみたい。

 だったら、私から話をするべきね。


「じゃあ、私の話をするわ。信じてもらえるかは分からないけど、私には前世の記憶があるの」

「ふぁっ!? あ、あなたも? ち、違うよ、あたしは……」


 その言い方からするとアレシアも前世の記憶持ちと考えて、よさそう。

 記憶持ち自体はすごく珍しいことでもないのよね。


 私の場合は特殊だと思うけど。

 前世の記憶というより、時を遡ってるんだもん。


「前世の記憶がある人って、たまにいるのよ。でも、私のはちょっと違うの。私は前もセラフィナだったの」

「どういうこと? え?」

「セナがセナとして、生きるのは二度目ということよ。分かった?」


 シルビアが軽く頭を左右に振ってから、軽く溜息をつきながら、頭を抱えて考えてるアレシアに分かりやすく、説明してくれた。


「私は前もセラフィナだったの。今、思うとあまり、褒められるような生き方をしていなかったんでしょうね。三十七歳の時、夫に殺されたの。それで気が付いたら、また、セラフィナになってたの。驚いたわ、十二歳に戻ってるんだもん」

「な、なに、それ……えっと……でも、あたしは……」


 彼女の目が激しく泳いでいる。

 私が一気に情報を与えたせいかな?

 自分なりに情報を整理してるんんだろう。


 ここまでのやり取りで分かったのはアレシアは決して、悪い子ではない。

 自分の気持ちに正直で周りが見えていないだけ。

 前の私に似てるんだ。


 そうやって、生きて、行きついた先で待っていたのがあの最期だった。

 誰も味方なんていない。

 周りは全て、敵になっていた。


 アレシアもこのままではそうなっちゃうかもしれない。

 それは駄目だ。


「私は信じるわ。あなたが話そうとしてること」


 私の言葉にアレシアの泳いでいた目が止まって、ジッと私を見つめてくる。

 そして、意を決したように口を開いた。


「あたしにも前世の記憶があるのよ。でも、あたし……この世界の人間じゃないかもしれない」


 アレシアの衝撃的な一言に今度は私とシルビアが固まるのだった。

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