第22話 悪妻、喧嘩する
ピンク頭ことアレシアからの嫌がらせという名の物理的攻撃が始まってから、一ヶ月が経過した。
甘かった。
シルビアの言う通りだったのだ。
全く、分かってくれないみたい。
話せば分かるって、話してないけど!
分かって欲しいと思うだけじゃ、駄目だったってことらしい。
あの子の身体能力は本当に異常だ。
まず、入学式の時の体当たりからして、おかしい。
全く気配を感じさせることなく、的確に当ててきたのだ。
低い姿勢から、肩口を肩甲骨の下に当てるという格闘家ばりの動きをしていたことが判明した。
信じられないことに彼女がどこかで体術を学んだという事実はない。
天然素材であれなのだ!
物陰からの足引っかけ事件も気配を消して、目的を達成したら、脱兎の如くあっという間に逃げた。
そもそも、私と彼女はクラスが違うのだ。
接点がないのに仕掛けてくる手際の良さは敵ながら、天晴としか言いようがない。
その情熱があったら、自分を磨いて、チコに興味を持ってもらえばいいと思うんだけど、そういう考えはないのかしら?
ないんでしょうね。
あったら、私に嫌がらせする時間が無駄って思うはずだもん。
「それで今日は何をしようと思っていたの?」
「くっ。悪役令嬢の癖にどうして、気付いたのよ」
はい。
今、私は自分とアレシア以外、誰もいない旧校舎の廊下で剣士の果し合いみたいに睨み合ってるのだ!
彼女の手にあるのは顔の高さまでうず高く積み上げられた教書や辞書。
かなり重いはずなのに平然とした顔でいるんだから、おかしい。
あの子の筋力はどうなってるのよ!?
それを私に投げ付けようとしているんだから、もっとおかしいでしょうが。
「ねぇ、アレシアさん。まさかとは思うけど、それをどうされるおつもりかしら?」
「おっと、手が滑っちゃったぁ~」
やっぱり、やりましたよ、この子。
ここまで清々しく、堂々と正面からやってくるとはね。
何だか、逆に楽しくなってきたんだけど!
「甘いわね、アレシアさん。風よ」
私の身体から緑色のオーラが立ち昇り、それが投げ付けられた本類を緩やかに押し止める。
この繊細な制御には細心の注意が必要でようやく出来るようになったのだ。
「げっ。魔法とか、卑怯だわ。この悪役令嬢!」
「私は悪役令嬢ではなくってよ? いいでしょう。決着をつけましょ。表に出なさい」
「望むところよ! あたしは正義のヒロインだから、悪役令嬢に負けたりしないわ」
どこから、その自信が生まれるのか、不思議だわ。
思い込みって、ある程度の力にはなるんでしょうけど、ここまで思い込めるって、ある種の才能じゃない?
放課後ってこともあるんだけど、私達のただならぬ気配に皆、逃げたというのが正しい。
その判断は間違っていない。
今から、ここは戦場となる!
ちょっと大袈裟かもしれないけど、気分はそんな感じだ。
校庭でアレシアと睨み合いながら、対峙してるのに周囲には人っ子一人の影もない。
ちらっと校舎を見やるとシルビアがひらひらと手を振っていた。
ウインクをしてる……。
止めようとか、そういうつもりはさらさら、ないみたい。
こういう暴れ馬は一回、絞めておかないとくらいに思ってるんでしょうね。
「あたしは勝つわ! だって、運命だもん。王子様はあたしを選ぶんだからっ」
「私も負ける気はないけど、チコはどうでもいいって、言ってるでしょ? 興味ないの。あの子は弟みたいなものだし」
年上でちょっと俺様なところがあるのにその実、優しかったウルバノ王子に憧れていなかったと言えば、嘘になる。
でも、チコは違うのだ。
あの子、同い年なのに頼りがいがないのよ。
何だろう、仔犬ぽいというか、小っちゃくて逆に守ってあげたい系男子なのよね。
だから、弟としか見れない。
「言っておくけど、私はかーなり、強いわ!」
立ち昇る緑色のオーラが竜巻のようにぐるぐると弧を描きながら、私の身体を覆っていく。
ふわっと地面から、浮き上がって、長い髪が風で逆立っていく私の姿は傍目にも怖く映るだろう。
悪役令嬢と呼ばれてもしょうがないかしら?
「引き返すなら、今のうちよ?」
「コルリスの女に撤退の二文字なし! くぉのー!」
この子、もしかしなくても馬鹿かもしれない。
それも馬鹿正直の方。
まさか、拳で殴りかかってくるなんて!
「おっーほほほ。無駄よ、無駄!」
「きー。むかつくー! このこの」
見えない風の壁に邪魔されて、彼女の拳も蹴りも私に届くことはないの。
それでも諦めずに続ける根性は大したものね。
何だか、アレシアのこと、嫌いになれないかも……。
嫌がらせしかされてないし、今もこうして、喧嘩を売られているのに複雑な気分だ。
「待ってー! 僕の為に争うのはやめてください」
んー? はいー?
誰が誰の為に争っているって?
聞き捨てならないことを言ってるのは誰? と聞くまでもなかったわね。
これ以上、ややこしいことになるのは嫌だからねっ!
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