第15話 悪妻、驚愕する

 王立学園は名前でも分かるように国の運営する公の教育機関でいずれ、国の将来を担う貴族の令息・令嬢には通う義務がある。


 これは政を為す者であれば、当然のことだと言える。

 十二歳から、十六歳まで通わなくてはいけない。

 これは暗黙の了解ルール


 破れば、生徒だけではなく、家の方にも厳罰が処される。

 そういうことにはなっている。

 実際に家が取り潰されたという話は聞いたことがない。

 だが、相応のペナルティがあるとみて、間違いないだろう。


 しかし、貴族であればということで位に関係なく、通わなくてはいけない。

 正直、一長一短のルールだと思う。

 下位貴族は余程、融通が利く家でないと相当な負担になっていると聞いた。

 ただ、学生生活の間にもし高位の貴族に近付くことが出来れば、マイナス分を取り戻せる。

 そういう打算もあって、必死な者が多いんだとか。




 高位貴族にとっては学園での授業にはあまり、意味がないのも周知の事実だ。

 既に教育を終えている者が多い。

 その点で学園は社交性を磨きつつ、人脈を広げる学生生活を送る場に過ぎないとも言えるだろう。


 話だけなら優雅に聞こえるが、権利を享受するには義務を為さねばならないのが世の常でもある。

 ノブレス・オブリージュ。

 高貴なる者には義務が伴う。


 ……とそんな話を長々と壇上で語っているのが来賓の大臣様である。

 ありがたすぎて、眠くなってくる者もちらほらいるようだけど、私は背中と膝が痛いせいで眠くない。


 だけど、話はほとんど右から左へ素通りさせている。

 二度目だもん。

 内容なんて長いだけで何もないんだから。


「あ、あのお膝は大丈夫ですの?」

「ふぇ? あ……だ、大丈夫ですわ」


 話しかけられると思っていなかったところに突如、かわいらしい声が不意打ちのように襲い掛かってきた。

 やや動揺して答えたから、変に思われたかな。


「わたし、救急セットを持っておりますの。後でそのお膝を診させていただけませんか? 駄目ですか? 駄目じゃないですよね?」


 声の主は私の右隣に座っている子だった。


 ポニーテールにしている濡れ羽色の髪は艶やかできれい。

 アメジストの色をした瞳は光の加減で色が変化して見えて、好奇心旺盛な心を表しているんじゃないかってくらい神秘的な雰囲気を醸し出している。


 でも、口に出している内容は不穏だし、見た目よりも押しが強い!


「駄目ではありませんけど」

「けど? ではいいんですね? いいんですよね?」

「は、はい」


 何だろう、この子の押しの強さ。


 さっきのピンク頭とは違って、危機感を感じる訳ではないんだけど、さすがに強引すぎやしない?

 つい『YES』って、言っちゃったけど大丈夫かな。




 神官のありがたいお説教と同じくらいに辛い入学式は、何事もなく終わった。

 私はというと隣に座っていた令嬢に傷の手当という名目で拉致されている訳だ。


「私はセラフィナ・グレンツユーバーですわ」


 グレンツユーバーは侯爵家だ。


 でも、実質は公爵家と同格の扱いを受けているのは公然の秘密どころか、周知の事実。

 母は王妹だし、公爵への昇爵は面倒なことが増えるからという理由で断っているだけなんだから。


 この年の入学生に私より、高位の令息・令嬢はいなかったと記憶している。

 私の記憶が正しければ、という前提だけど。

 色々と違ってきているから、確証がないのよね。

 ともかく、位が上の者から話しかけるのがルールだから、不本意ながら、名乗った訳。


「まぁ、グレンツユーバーのセラフィナ様でしたの!? これは失礼なことを。わたしはシルビア・パストゥスアゲルと申しますの」


 失礼なことをと発言している割にそんなこと微塵も感じてないんじゃないのかってくらい目を輝かせてるわね。


 正直に言うと怖い。

 ピンクと違う意味の怖い、だ。

 それにパストゥスアゲルって、どこかで聞いたような……パストゥスアゲルね。


 はっ!?

 パストゥスアゲルって、もしかして、もしかしてなの?


「あのシルビア様。もしかして、婚約者がおられません?」

「ええ? はい、まだ正式な婚約式を済ませておりませんけれど、ペネトラレパクス家のサンチョ様と」


 や、やっぱり、そうだわ。

 間違いないわ。


 シルビアは……あの人だ。

 娘のクレーテが嫁ぐノア・ペネトラレパクスの母親で間違いないっ!

 記憶では彼女と出会うのはもっと先のはずなのに。

 私のせいで変わってしまったとでも言うの?

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