第16話 悪妻、意気投合する

「そ、そ、そうでしたのね。知りませんでしたわ。おっほほほ」


 私としたことが動揺して、態度までぎこちないものになってしまった。

 これでは誤魔化しきれてないどころか、変に思われるかもしれない。


「セラフィナ様はお相手の方があまり、お好きではないのですね」

「そ、そ、そんなことありませんことよ」


 好きとか、嫌いとかが問題じゃないのよ。

 殺されるのが、嫌なんです! とは言えない。


 そして、動揺が隠せそうにない。

 この私がペースを乱されているとか、ありえないんだけど。


「まぁ、セラフィナ様は噂と違って、おかわいらしい方ですのね」

「私がかわいい?」


 かわいいだなんて、言われたことありました?

 ないわ、絶対にない。


 社交辞令でも『美しい』としか、言われてないわ。

 それに社交辞令だし。


 私の噂は恐らく、あれだろう。

 やりたい放題の我が儘娘。


 家柄しか取り柄の無い高慢ちきな娘

 性格も悪くて、見た目もきついが加わりそうね。

 自分で言って、悲しくなってくるのは気のせいかしら。


 見た目は前みたいに悪役令嬢然とはしてないはず。

 ナチュラルを前面に押し出して、イメチェンもしたからね!

 性格はどうにもしようがないので諦めるとしよう。

 そう簡単にどうにか、なるものじゃないのだ。

 我が儘はこの半年で大分、抑えられたとは思う。

 だけど、噂はそう簡単に払拭出来るものじゃないんだよね。


「では傷の方を……」

「は、はい?」


 シルビアは自分のドレスが汚れるのも厭わず、膝を付くと私の結構、酷いことになっている傷を観察している。

 この体勢が実は結構、恥ずかしいものだ。


 片足を取られて、まじまじと間近で見つめられている訳だから、相手が令嬢じゃなければ、万死に値する。


「あのセラフィナ様。少々、気持ち悪いかもしれませんけど、平気でしょうか? 平気ですよね? 答えを聞いてもやりますけど」

「え、ええ。平気よ」


 そう言って、にこやかに微笑みかけるシルビアだけど、これは有無を言わさないやつだ。

 分かってる。

 目が全く、笑ってないんだから。


 それにちょっと気持ち悪いくらいは慣れている。

 心臓に剣を突き立てられて、首を落とされたのだ。

 それに比べたら、どうってことないでしょ。


「偉大なる闇の母よ。我が願いに応え、瘴りを祓いたまえ」


 前言撤回。

 平気じゃなかったわ……。


 シルビアの詠唱に応えるようにその指先から、うねうねと蛇のような……いえ、もっと気味の悪い黒っぽい触手のようなものが伸びてきたのだ。

 それが私の膝の怪我をそろっと撫でるというよりも舐めていく。


 その様子はとてもグロテスクで傷が見る間に塞がっていくんだけど、ぐちゃぐちゃと黒っぽい何かが蠢くたびに傷口もぐちゅぐちゅなる。


 これはかなりくる。

 耐性が無い人だったら、吐いてたかもね。


「すごいわ。シルビア様は闇魔法の使い手ですのね?」

「はい。ほとんどの方は気味悪がりますの」


 魔法属性が闇だったのね。

 娘の嫁ぎ先にまさか、稀少な闇属性の使い手がいるなんて、驚きよね。


 見た目こそ、グロテスクだ。

 治療をしているところは十八歳未満は見ない方がいい気持ち悪さだけど、闇の回復魔法はさらに稀少じゃないかしら?


 だいたい、闇魔法っていうだけで白い目で見る風潮がおかしいのよ。

 世の中、ほぼ四属性しか存在していないから、しょうがないんだけど。


 単なる偏見としか、思えないのよね。

 闇だから、邪悪な技に違いないって、思い込みだけで差別してるわ。


「素晴らしいわ! シルビア様の魔法は何と素晴らしいので……って、あいたた」

「まだ、痛むところがあるのですね?どこでしょう」


 無言で背中を指して、首を横に振る。

 ここはあの回復魔法で無理かもしれない。

 擦り傷、切り傷じゃなくて、打ち身だ。


「背中に思い切り、体当たりされたのよ。今、冷静になって考えたんだけど……私、自分で治せたかも」

「まぁ?」

「風よ、流れて清めよ。癒しの風ヒーリング・ウインド


 私の身体から、流れ出る風の魔力が緑色のオーラを纏い、全身を覆っていく。

 髪がやや逆立っていくのが自分でも分かる。

 それと同時に背中の痛みも消えていった。


 これって、実は側で見ていると結構、怖いものらしい。

 緑色のオーラを纏って、髪が逆立つから、見ようによっては怒りで暴走しているように見えるのだ。


 あまり人前でしない方がいいと釘を刺されていたのだが、シルビアも闇の魔法を見せてくれた。

 恩に報いると考えれば、別に構わないだろう。


「ふぅ。ごめんなさいね。結構、怖いでしょ?」

「え? いえ、とても、きれいな魔法ですわ」

「そ、そう? きれいに見えるんだ? 初めて、言われたわ」


 緑色のオーラを纏っていると怖がらせないように微笑んだとしよう。

 それでもライバルを殺そうとする悪役令嬢にしか、見えないそうだ。


 これは癒しの魔法なんだが。

 失礼にも程があると思う。

 悪役令嬢には人権がないのだろうか?


 それなのにシルビアはそんな風魔法を初めて、きれいと褒めてくれた。

 もしかしなくても、とても、いい子だ。

 いい子に違いない!

 ピンク頭とは天と地くらいの差があるわ。


「あの……シルビア様。よろしかったら、私とお友達になってくださいません?」

「あら? まぁ? わたしと……本当にわたしなどでもよろしいのですか」


 そこでなぜ、私の手を掴むのか。

 しかも見た目よりも力が強いのか、びくともしない。


「え、ええ。だから、シルビアと呼んでもいいかしら? 私のこともセラフィナ……は長いから、セナと呼んでかまわないですわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る