第11話 悪妻、我慢する

 沈黙という名の無視・無言の拷問。


 また、それなの?

 神様は私に何らかの試練をお与えになったんでしょうか?


 それとも私が悪女だったから、それ相応の罰をお与えになったのかしら……。


 どこまで、耐え難きを耐え、忍び難きを忍べばいいのか。

 これ以上、堪えるのが怪しくなってきたセラフィナです。


 この人、何なんでしょうね?


 前回は意味不明なことを口走って、心の底から、私のことが嫌いなのだと隠すつもりがなかったみたいなのに……。

 あんなにもあからさまな態度を取ってきたのは何だったの?


 今日はだんまり作戦なんですね。

 そうですか、そうですか。


 かれこれ、十分以上もこの状態が続いてるけど、無視・冷遇なんて、嫌というほど味わってきた私だ。

 これくらいはどうってことない!

 だけど、堪え性の無い人がいるんだった。


 ノエミは大丈夫だ。

 この時のノエミはまだ、私付きのメイドになったばかりで日が浅かったはず。

 でも、グレンツユーバー侯爵家のメイドは伊達じゃない。


 私の代わりに抗議したいのを理性で抑えているらしい。

 メイドは凄いのね……。

 でも、眉間に皺が寄っていて、可愛い顔が台無し。

 内心が腸煮えくりかえる思いなんだろうか?

 私の為に怒ってくれているんだったら、嬉しいんだけど。


 マテオ兄が不機嫌そうな顔をしているのはいつも通り。

 判断が出来ないわ、以上。


 問題はナル姉。

 蟀谷こめかみに切れそうなくらいの立派な青筋が浮かび上がっている。

 目はいつも以上に吊り上がってる。

 全身の毛を逆立てて、威嚇している猫みたい……。

 私に怒っているんじゃないと分かっていても正直、怖い。




 でも、残念なお知らせ。

 せめて三十分は我慢しないと駄目なのよ。


 前回は初顔合わせだった。

 だから、モデストがうちの屋敷を訪れるという形をとったのだ。


 これには対外的に見せるという意味合いが大きいらしい。

 亡国の王子であるモデストは我が国の大事な人質であると知らしめたいそうで……。

 伯父様も善意で保護している訳じゃないもの。

 私と政略結婚させる理由も将来的に傀儡にしようって、魂胆が隠されている。

 優しくて、いつも私に目をかけてくれる伯父様の裏の顔が垣間見えた気がして、鳥肌が立ってくる。


 話が逸れちゃったわ。

 だから、二回目の顔合わせは私がモデストの元を訪れている。

 あくまでこれだけ、譲歩しているということを見せるべき。

 助言した誰かさんがおられるのでしょうね?

 ここはその誰かさんのお屋敷な訳ですし……。


 誰かさんという言い方をしたけど、私から、見るとその方は大師匠にあたる人だ。

 この国のまつりごとを見る人であり、伯父様の先生であり、導き手でもある人――ニクス・アンプルスアゲル。


 ニクスは『黒衣の宰相』なんて、二つ名まで持つ。

 政治家であり、軍人であり、魔術師でもある才人。

 『ラピドゥフルの至宝』とまで呼ばれる彼がいたから、国が栄えるとまで言われる凄い人だ。

 私の魔法学の家庭教師はタマラ先生と言うのだが、実はこのニクスの弟子なのだ。

 世界は意外と狭いようね。


 そして、この国におけるモデストの保護者兼師匠でもある。

 そう考えるとモデストは私の師匠の弟弟子なので複雑な気分だ。

 一度、タマラ先生にモデストのことを聞いたことがある。


「とてもいい子よ。でも、あれは素直でいい子を演じているだけ。あなたと似ているんじゃない?」


 『どこが似ているのよっ』と否定しようと思ったけど、すんでのところで我慢した。

 そういうところなんだろうか。

 私とアレが似てるのって。


 だけど、このだんまりな態度は意味不明よ?

 そう、今、我慢しているのはあくまで大師匠のニクスの顔を立てているだけなんだから。

 三十分も我慢してあげるのだから、むしろ感謝して欲しいくらい。


 それにしても辛い。

 まだ、罵倒された方がやりやすい。

 こちらも怒りの感情を持てるから、ましな気がするのだ。


 無言では感情をどこに持っていけばいいのかが分からない。

 あぁ、持て余す!

 持て余してないナル姉の袋の緒も切れそうなんだけど。


「あなた、どういうつ……」

「ナル、駄目だ」

「……っ」


 今、マテオ兄が止めてなかったら、ナル姉はモデストの襟首を掴んでたわね。

 それでも表情を変えさえもしないモデストも大したものだと思う。

 十歳であの怖いお姉さんナル姉を相手にして、一歩も引かないんだもの。


 でも、何とか、乗り切ったわ。

 三十分も我慢した私を褒めてあげたい。

 忍耐を育てる修行をさせられていた気分。


「殿下。では私はそろそろ、お暇させたいただきますわっ!」


 内心は『腸煮えくりかえるわ。この戯けっ』と思いながらもそれをおくびにも出さない。

 平然とカーテシーを決める私も大概だと思う。


 前の私だったら、十二歳の時にこんなことを出来てないだろう。

 そもそも、ここに来なかったというのもありえそうだ。

 自分のことながら、恥ずかしい。


「ま、ま、待って!」

「へ?」


 思わず、変な声が出てしまった。

 帰ろうと退席した私の手首をモデストがかなりの力で掴んでいたのだ。

 何がしたいのよ、この人……。

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