第10話 悪妻、思案する
あの後、正座をさせられました……。
何と言う屈辱。
お説教、お小言。
それはもうくどいくらいに二人から、コンコンと説教されたんだけど。
ちょっと魔力の出し方を間違えただけじゃない。
倒しちゃった木には悪いと思っているわ。
でも、ゴブリンは倒したんだから、イーブンじゃないの?
『小っちゃいことを気にしたら、禿げるのよ』って、言ったら、さらに説教されたんだけど。
私、何か悪いこと言った?
やれやれと天を仰ぐナル姉。
それとなく、ナル姉を優し気な視線で見つめるマテオ兄。
二人が元気に生きていて、仲睦まじい姿を見ていると今度はこの二人を絶対に守るんだという強い想いが胸に溢れてくる。
誰かの為に何かをしたいと思うと心が温かくなるのね。
修道院で冷遇されたまま、流行り病に罹り、儚くなったナル姉。
汚名を着せられたまま、悪人として処刑されたマテオ兄。
今度は絶対にそんなことをさせない。
私が二人を守る!
そして、私自身も守るんだ。
「セナ、難しいことは考えるな。お前は一人じゃない。俺やナルがいる。もっと頼ってくれ」
説教の最後にそう言うとマテオ兄は私の頭をちょっと乱暴に髪がくしゃくしゃになるくらい撫でてくれるのだった。
彼は不器用な人だ。
ナル姉も器用な人とは言えない。
そして、私も例外ではないだろう。
何とも不器用な者しか、いない一族なんだろうか。
それから、夜な夜な変装しては抜け出し、冒険者としての活動をしている。
昼は家庭教師の先生から、魔法を学ぶ……だけでは許されなくなっていた。
半年後に控えた学園入学に備え、淑女教育に加えて、礼法と一般教養のレッスンも受けることになったからだ。
でも、このレッスンを受けるのは二度目。
既に全てを身に付けた私である。
余裕そのものなのだ。
二度目だから、楽々こなしているだけなのに『お嬢様は天才です』と褒められるもんだから、少々居心地が悪い。
ずるをしている訳ではないのにどこか、申し訳ない気持ちがしちゃうのよね。
さらに二週間ほどが経過した頃、魔力の扱い方もかなり、慣れてきたと思う。
今なら、出力を絞って、サイズを小さくした
これを使えば、気付かれないように魔力を練り、眉間を撃ち抜くなんて、芸当も可能だろう。
暗殺も出来そうね……。
は!? 何で暗殺なんて、考えてるのよ!
まずは殺されないようにするのが一番じゃない……。
それには出来るだけ、目立たないようにするべきなのよ。
出る杭は打たれるって、言うじゃない?
今のところは目立っていないはず……よね?
見た目だもノエミのお陰でイメチェンに成功した!
以前の私はロマンス小説に出てくる悪役令嬢そのものの姿をしていたようだ。
完璧な縦巻きロールにセットした髪型に目に全く、優しくない真っ赤で派手なドレス。
さらに顔も十代前半とは思えないほどのけばけばしい厚化粧をしていた。
前世の私はそうしないといけない呪いにでもかかっていたのだろうか。
あんな髪型にドレスではどう頑張っても悪目立ちする。
どうして、気付かなかったんだろう。
今の見た目なら、どこに紛れてもバレない自信があるわ。
冒険者をしていても誰も話しかけてこない。
つまり、上手に溶け込んだってことだわ。
これでいつ断罪されたって、冒険者として生きていけるわね。
ナル姉とマテオ兄もいるし!
でも、私だけが助かっても駄目だわ。
お父様とお母様も助けなくては……。
私がモデストと結婚してから、一年後に長男のブラス。
二年後には長女のクレーテが生まれる。
おかしいのよ。
跡取りを産んだのだから、妻として、最低限の義務を果たしたはず。
愛されていないのに何で二人も子供を……?
考えても堂々巡りで答えは出そうにない。
今はモデストのことを考えている場合じゃないわ。
本当なら、娘も生まれ、皆に祝福されて最高に幸せであるべき時だった。
ところがその年、私は最悪の時を迎える。
エンディア王国に出征したヨシフ伯父様が騙し討ちで首を獲られてしまったのだ。
大黒柱を失ったラピドゥフル王国は見る間に衰退していく。
跡を継いだウルバノ王子がまだ若いというだけでなく、政治に対する関心の薄い人だったからだ。
あろうことか、モデストは伯父様を討ったエンディア国王ノエルと盟約を結ぶと言い出した。
ラピドゥフル王国出身の私の立場が危うくなったのは言うまでもない。
しかし、私を巡る状況はさらに悪化していく。
私を窮地に追い込んだのはよりにもよって、故国であるラピドゥフルだった。
エンディアによって、領土を削られ、家臣に裏切られたウルバノが疑心暗鬼に陥った。
そこにモデストの行い――エンディアとの同盟が加わったのだ。
私がモデストに付いて、トリフルーメに行かなかったのも裏目に出てしまった。
結果、幼い子らともども、幽閉されてしまう。
それだけではない。
ウルバノはお父様とお母様を詰問する書状を送ったのだ。
主君からの叱責と婿の行いに責任を感じた二人は命を持って、償うことを決めてしまう……。
どうにか幽閉を解かれ、実家に戻った私が見たのは血の海の中に沈むお父様とお母様の姿だったのだ。
あぁ、思い出すだけでモデストに腹が立ってきたんだけど。
そりゃ、国王なんですから、国を思って強い方につくのは当然でしょうね?
でも、それなら、そうで相談くらいはしてくれてもいいじゃない……。
お別れの一言すら、言えなかったのよ。
何だろう。
あんな薄情者を好きだった自分にも腹が立ってきたわ!
どうして、あんなのを好きだと思えたの?
などと闘志を無駄にメラメラと燃やしているのには理由がある。
今日、あんなのとまた、顔を合わせないといけないのだ。
あんなのとこれから、会うと思うと胃がきりきりと痛い。
前世のアレとこれから、会うアレが同じ存在じゃないってことは分かってるつもりだ。
頭ではそう理解しているのにやはり、納得は出来ない。
頭と心は別ということなんだろう。
しかし、今日もあの意味が分からない態度をしてきたら、どうするべきか。
むしろ、こちらから動くべきなのかしら。
さて、どうしてくれよう?
無視をしてみようか。
それともこれ以上、ないくらいに猫をかぶってみようか。
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