第9話 悪妻、反省する

 これが戦いなのね。

 命を懸けた戦いがこんなにも怖いものだったなんて。

 全然、知らなかった。


 殺されて、全てを知った気になっていただけなんだ、私。


「余所見をするな。周囲に気を配れ。死ぬぞ」

「は、はい」


 私は目の前の光景に気圧けおされ、ただ棒立ちになっているだけで何も出来ない。

 動けない……いいえ、違うわ。

 身体を動かしたくても動かないのよ。

 震えがきて、動けない。


 肉を潰されて、骨を叩き斬られていくゴブリンの断末魔の悲鳴。

 吐き気を催すほどの血の臭いに頭がクラクラとしてくる。

 何であの二人はあんなにも平気でいられるの?


 ナル姉のクォーター・スタッフの使い方はあれで合っているのよね?

 彼女の持つクォーター・スタッフは変わった形状をしている。

 長さは丁度、マテオ兄の背丈と同じか、それよりも長く見える。

 およそ百八十センチくらいといったところだろうか。

 柄や持ち手部分も金属で出来ているみたい。

 この時点で魔法使いが使うスタッフとは一線を画していると分かる。


 先端部分も金属製で先が尖っていて、槍のようになっているのもかなり、変わっている。

 不思議なのはスタッフの頭の部分がリングのように輪の形状をしていて、先端部が槍に似ているのだ。

 大きなリングに左右合わせて、六つの金属製の小さなリングがかかっている。

 本当に不思議な形をしているわ。


 ナル姉がゴブリンに向けて、スタッフを振るたび、シャリンという心地よい金属音が響く。

 その後に何かが潰れるグシャという耳障りな音も聞こえるけど。


 くるくるとスタッフを回転させながら、振り抜いていく。

 ナル姉はまるで優雅なダンスでも踊っているようだ。

 生き生きとした表情で舞っている。

 彼女にとって、冒険者としての生き方の方が社交や陰謀に塗れた世界より楽しく、過ごせるってことなんだろう。


 マテオ兄は迫りくるゴブリンを左手の盾を使って、払うように思い切りよく振り抜いている。

 あんな重厚な盾で殴られて、無事でいられるはずがない。

 ゴブリンは変な方向に折れ曲がった身体のまま、勢いよく吹き飛ばされていった。

 同時に右手に握っている片手斧で目前のゴブリンを脳天から真っ二つに切り裂いている。

 マテオ兄もどういう鍛え方したんだろうか?


「セナ。誰にだって、初めてはあるものよ? だから、覚悟を決めなさい」


 いつの間に来たんだろう?

 ナル姉が目の前に立っていて、私の両肩を掴み、軽く揺さぶった。


 その手はとても、力強いものだ。

 軽い痛みが私を現実へと引き戻してくれた。


「う、うん。やってみる」


 私の右手に収まっているのは魔剣アンサラーだ。


 『モデストがいらないって、言った以上、私が使って問題あるかしら? ないよね?』と言ったら、お父様は微妙な顔をしていた。

 それでも使わせてくれるんだから、本当に私に甘い。

 甘すぎると思う。


 ただ、気付いた。

 私も自分の子供には甘かった記憶がある……。

 親馬鹿は遺伝するものなのかしら?


 アンサラーという名前は伊達じゃない。

 一度、鞘から抜けば、勝手に敵を倒すという伝承が残っている歴史的な遺物でもある。

 門外不出の家宝だし……。


 でも、私は魔法の発動体として、使うだけ。

 使わないなんて、宝の持ち腐れだわ。

 勿体ないじゃない?


「我が敵を切り裂け。風の刃ウインド・カッター


 風の刃ウインド・カッターは風属性の基本的かつ初心者向けの攻撃魔法。

 風属性の魔力がブーメラン状の刃として、顕現するのでそれを敵に撃ち込むだけ。

 オーソドックスだけど、シンプルで扱いやすいのが特徴だ。


 消費魔力も少ないし、威力も初級の割には期待が出来る。

 だけど、一直線にしか、飛ばないという欠点もあるのだ。


 私の魔力だと三本の風の刃が出るはずだったんだけど……


「ふぁ!?」


 出現した風の刃ウインド・カッターはなぜか、一本だけだった。

 ただ、その大きさがおかしい。

 普通の風の刃ウインド・カッターはだいたい一メートルくらいの大きさのはず。

 私が出した緑色の刃は私の背丈をゆうに三倍は超えている。


 風を切り裂きながら、進む音もまるで竜巻か、嵐でも来たみたいで怖い。

 当然のように目標に定められていたゴブリンは巻き込まれ、文字通りズタズタに切り裂かれて、跡形もなくなった。


 それだけでは勢いが止まらなかったようで周囲の木々を薙ぎ倒すという大惨事を引き起こした。

 音だけではなく、本当に嵐が来たような惨状になっている。


「セ、セナ……今のは思い切り?」

「違うの。普通に……先生に教わった通りに」


 そこでハッと気が付いた。

 先生が教えてくれたのは魔力の扱い方だ。


 魔力を微調整するのはとても難しいらしい。

 ではどうやって、それを習得するのか。

 その方法がとにかく小さく魔力を放出し、ひたすら維持する基礎練習だ。

 ひたすら、それだけを繰り返す。

 基礎反復練習が先生の教えだったのだ。


「私は普通に魔法を使ってはいけないのかも」


 つまり、いつもの調子で普通に魔法を使うとこうなるということね。

 認識の甘さが招いた結果がこの惨状。

 分かりましたわ。

 自重すればいいんでしょ、自重すれば!

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