閑話 愚者の想い

(????視点)


 もうすぐ、君に会える。

 手放すべきではなかった。

 ずっと閉じ込めておくべきだったんだ。

 なぜ、手放してしまったのか。

 後悔先に立たずとはこのことだろう。


 だが、また君に会えるんだ。

 こんなに嬉しいことはない。

 お互いに一からやり直せばいいだけのことだ。


 あの時、突き放すような言い方をしてきた君の姿は眩しかった。

 太陽が地上に降り立つときっと君のように美しく……


 おや? おかしいな。

 これは誰だ?

 やや潤んだ大きな目にエメラルドグリーンの瞳が輝いていて、僕を見つめている。

 そこには驚きと不安が入り混じった明らかな揺らぎが見えた。


 あの時、豪奢な金色の髪は巷で話題の悪役令嬢のように幾重にも巻かれていた。

 今は真っ直ぐに流れる黄金の川のように君を飾っている。

 その顔は確かに君で間違いようがない。

 だが作ったようには見えない。

 化粧を変えたのだろうか?

 ありのままに自然な彼女ということか。

 これがナチュラルな美しさか。


 君が生き生きとした表情で僕を見つめてくれるだけで心がとても満たされていくのを感じる。

 ああ、何と気持ちいいんだろう。


 しかし、いけない。

 慎まなくてはならない。

 今の僕はきっと弛んでいる。

 だらしのない顔をしているに違いない。


 こんな顔を見られたら、嫌われるだろう。

 君に嫌われたらと考えるだけで僕はどうすればいいか、分からなくなるんだ。


 こういう時はどうすればいいのか?

 三十六計逃げるに如かず。

 その時、かつて師から学んだ教えが頭をよぎった。


 そういうことか。

 彼女と視線が合うたびにあらぬ方向を見ればいいだけなのだ。

 顔も見られないように背けることにしよう。


 なるほど。

 これなら、君の顔を見て、にやけている気持ち悪い姿を見られない。

 何と言う妙案だろう。


 顔を背けながらも君の顔が気になって、様子をうかがうと桜色に上気した顔で僕を見つめてくる君がいる。

 早鐘を打つように心臓の鼓動が激しく、気分が悪くなってきた。

 このままでは心臓が口から、飛び出るのではないかと思えるくらいに早い。


 ああ、このまま、君に看取られて逝けるなら、それも悪くないか。

 そう思うと『ふひっ』と自分でも気味が悪くなるような声が出ていた。

 まずい。

 非常にまずいぞ。


 彼女にはどうやら、気付かれなかったようだ。

 だが、これはまずい。

 出来るだけ、口を開かないようにするしかないか。

 『沈黙は金、雄弁は銀』と言うではないか。

 黙っておくのが一番だろう。


 おや? 彼女が俯き、ブツブツと何かを呟き始めたぞ。

 長い髪と俯いているせいでその表情がうかがい知れない。


 そして、はっきりと感じられるほどの魔力の奔流が君の中から、はっきりと感じられた。

 君はそんな力を持っていたのか?

 驚く僕を他所よそに君との顔合わせは唐突に終わりを告げられた。


 しかし、僕は確実な手応えを感じている。

 君が僕のことをどれだけ、想っているのか、理解した(つもり)だ。

 正式な婚約を結べる日が実に待ち遠しい。

 考えるだけで顔がまた、だらしなくにやけ、『ふひっ』と笑ってしまいそうになる自分に唖然とする。

 これは次に会える時までにどうにか、しないといけないようだ……。

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