第8話 悪妻、冒険する

 モデストとの何とも気まずい顔合わせから、一週間が経過した。


 その間に事を有利に進められたのは、お母様が手配してくれた魔法の家庭教師の件だけだ。

 私が希望する侍女と護衛騎士に関してはお父様があらゆる手を尽くしてくれている。


 お母様も伯父様を通じて、働きかけをしてくれているのだけど……。

 中々に難しい問題が生じているようで交渉が難航しているみたい。

 修道院から還俗すること自体にはそれほど問題がない。

 どうやら、それ以外が足枷になっているようだ。


 でも、それはあくまで表向きの話。

 私付きの侍女と護衛騎士が正式に私のところに来るのはもう少し、先になりそうだ。


 なんてね?

 実は……


「ナル姉、マテオ兄。遅れて、ごめんなさい」

「わたし達もさっき、来たばかりよ」


 肩の辺りで切り揃えられた艶のある美しい濡れ羽色の髪を風に靡かせた少女が腰に手を当てながら、そう言うと妙に威圧感があるのは気のせいかしら?

 猫を連想させるやや吊り目気味の目にはエメラルドの瞳が輝いていて、私より頭一つ以上は背が高いのも影響してるとは思う。


 だけど、彼女の勝気さは私とどっこいどっこい。

 もしかしたら、それ以上かもしれない。

 強気や勝気というよりもひたすらにおとこらしいのだ。


 彼女の名はナタリア・プテウス。

 彼女のお祖父様は私の大叔父様にあたる。


 辺境伯の地位にあった人で武勇の誉れ高い武人だ。

 王位継承権を有し、国の重要な地位にあったプテウス家だけど、政変と後継者の死によって、一気に零落した。

 何の後ろ盾もなかった唯一の生き残りであるナル姉は修道院に送られてしまった。


 そこには何らかの政治的な思惑が絡んでいると思うんだけど、裏事情は子供だった私には分からないままである。

 だから、幼馴染で姉のように慕っていた彼女を助けたいと思った。


「……行くぞ」


 無愛想な少年はナル姉と同い年で十六歳のマテオ。

 彼はプテウス家と縁戚関係にあるミノルアゲル家の嫡男。

 ナル姉の護衛騎士になることが決まっていた人だ。


 あんなことがなければ、幼馴染の二人は手を取り合い、明るい未来が待っていたはずなのに。

 ナル姉の修道院送りを知った彼は家を飛び出し、消息不明になっていた。

 元々、愛想の無いマテオ兄だ。

 さらに拗らせた気がしてならない……。




 そう。

 私達三人は一介の冒険者として、パーティーを組み、行動をともにしている。

 大人には手続きや対外的な体裁というものが大事だけど、私達には関係ない。


 冒険者ギルドは一種の治外法権らしく、その辺りの細かい事情にも目を瞑ってくれる。


 だから、私は侯爵令嬢のセラフィナではない。

 単なるエリー。

 ナル姉も元辺境伯令嬢のナタリアではなく、単なるナル。

 マテオ兄は元々、冒険者として生活をしていた。

 私とナル姉がバレないように色々とアドバイスまでしてくれる。


 ただ、目立つ金色の髪をまとめて、アップにするくらいしか、化けようがないのは許して欲しいところだ。

 十二歳で変な化粧をしたら、悪目立ちするだろう。


 大きめのローブを着て、フードを被り、誤魔化す。

 今のところはこれで何とか、バレていないはずである。


「セナはこんな時間に外に出て、大丈夫なの?」


 そういうあなたもまだ、修道女では?

 晩餐を済ませてから、お父様とお母様に内緒で外に出てきた。

 ノエミには口裏を合わせてもらっている。

 感謝という言葉では表せないくらいに感謝。

 床に額を擦りつけたいくらいだ。


 協力を仰ぐ以上、彼女にもある程度の話はしているんだけど、私が殺されてなぜか、十二歳に戻っているということだけは伏せている。

 あくまで未来を夢で予知した、ということにしているのだ。

 時を逆行してきたなんて、当の本人である私ですら、未だに信じ切れてないのだから。


「大丈夫よ。そういうナル姉こそ、大丈夫なの?」

「あっ……だ、大丈夫だよ?」

「ナルは修道院の問題児だからな……」


 マテオ兄の一言で納得してしまう。

 そういえば、ナル姉はそういう人だった。

 男勝りでいつも太陽のように明るい笑顔で皆を照らしてくれる眩しい人。

 だけど、破天荒でとんでもないことをしでかす人でもある。


「しかし、冒険者になって、初仕事がゴブリン退治か。いささか、無謀と言わざるを得ない」


 もう少しで今回のクエスト目的地へと到着という時、マテオ兄がボソッと呟いた。

 マテオ兄は誤解されやすい不運な人だ。


 本当は優しくて、自分よりも他人を優先する思いやりのある人。

 それなのにぶっきらぼうで愛想が悪い。


 私とナル姉のことを心配して、発言したのによく知らない人が聞いたら、何て感じが悪い人だと思われるだろう。

 実際、前世のマテオ兄はこの誤解されやすい愛想の無さと社交性の低さのせいで『嫌われマテオ』と呼ばれていた。

 このことは本人に教えない方がいいだろう。

 表情筋が死んでいるのか、こたえてないように見えて、実はとてもナイーブな人なのだ。


「大丈夫。二人がいてくれるし。私だって、ちゃんと勉強したんだから」


 家庭教師は優秀な人だった。

 基礎を何度も反復させて、地力を伸ばすという教育方針を是としていた。

 それが私に合致したらしい。

 まだ、数度しか受けていない授業だけど、魔力の扱いは飛躍的に向上したと思う。


 私は風属性の魔法を得意とする魔女だ。

 当然、立ち位置としては後衛になる。


 マテオ兄は元々、騎士としての修練を積んでいたこともあって、金属の鎧に盾といういかにも前衛寄りの姿をしている。

 そうなると普通は片手剣を装備していると思うでしょ?


 違うのよね。

 斧! それも片手斧なのよ。

 マテオ兄曰く『斧で何か、悪いのか?』と微妙に睨まれたから、それ以上、ツッコむのはやめておいた。

 と、とにかく片手斧と盾の重戦士だから、前衛なのは間違いない。


 ナル姉は修道院にいたせいだろうか。

 詳しいことは分からないけど、両手持ちの頑丈そうなスタッフをぶんぶんと振り回している。

 正式名称はクォーター・スタッフと言うらしい。

 要は打撃に特化した長い棍棒のことで武闘派の神官が好んで使うとマテオ兄が教えてくれた。


 武闘派の修道女とは一体……。

 そう思わなくはないのだけど、ナル姉だからということで納得出来る。

 口に出したら、面倒なので言わないでおこう。


 ナル姉がクォーター・スタッフを振る度に風を割く音が怖い。

 だが、もっと恐ろしいのは彼女が癒し手ヒーラーだということ。

 回復や癒しの魔法を使えるのか、聞いてみたら、『そんなのは気合で治せ!』と笑顔で答えてくれた。

 癒し手ヒーラー(物理で殴る)で()内がメインじゃないかと思う。


「よし。では行くぞ」


 さぁ、私の冒険者デビューだ。

 何だか、社交界のデビュタントよりも緊張するかもしれない。

 命が懸かっているんだもの!

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