第7話 悪妻、画策する

 それにしてもまともに会話が成り立たないとは想定外だったわ。

 同じ世界を生きているのよね、あの生き物。

 おまけに余程、私が嫌いなのかしら?

 前世でも会話くらいは出来ていたのにどういうことなんだろう。


 顔を背けるとか、失礼にもほどがあるんだけど。

 顔も見たくないってことよね?

 でも、そんな態度なのもおかしくないかもしれない。


 彼はこの縁談話を断れる立場にないんだもの。

 嫌々であって、仕方なくなんだから、あれくらいは笑って許してあげま……られますかって!

 私はそういう性格じゃないの!


 でも、向こうがそういう態度に出たから、こっちも同じ態度で応じるのは悪手だわ。

 下手に動くと前回よりも早く、首と胴体がおさらばするかもしれないし……。


 顔合わせがなぜ、大成功扱いになったのか解せないわ。

 不思議だわ!

 信じられないわ!

 拒否感を態度で示したとしか、思えない。


 私を気に入ったですって?

 どこをどう見てもそうは見えないんだけど。

 おかしいでしょ……。


 このままだと前回と同じ、轍を踏む気がしてならない。

 あの程度の牽制では無意味だったということかしら?

 婚約するのは確定したみたいだし……。


 お父様のあの様子では破棄も解消も……無理よね?

 こうなると、どう足掻こうとも頑張ろうとも何も変わらないんだろうか。

 そう思えてならないんだけど、私はそう簡単に諦められない。

 蔑まれた挙句、殺されるなんて……二度と御免だわ。


 避けられない道ならば、せめて通りやすくするのはありよね?

 ただ、一週間という時間は短い。

 出来たことはお父様とお母様におねだりをするくらいが限界。

 それしか、出来なかったけど、やらないよりはましだわ。

 少なくとも種は蒔けたんだから。


 まず、確保すべきは心から、信頼の出来る味方を得ることだろう。

 ノエミだけではこれから、私の前に立ちはだかる壁に立ち向かえないと思うのだ。

 これはどうしても早めに対処しないと手遅れになってしまう。


 前世で失敗したのはプライドの固まりみたいに気位だけが高く、意固地になっていたことなのだ。

 変に壁を作っていた。

 人を寄せ付けないなんて、何の得にもならない。

 ただ、自分の首を絞めただけだった。


 そこで思い出したのが、幼い頃の記憶。

 私には実の姉や兄のように慕っていた人々がいた。

 彼らを身近に置けば、いいのだ。


 私の記憶が確かなら、彼女は家を出て、修道院に入っているだろう。

 彼はそんな彼女を追って、出奔していたはず。

 こればかりは私の力ではどうにもならないのでお父様に捜索を頼んだのだ。


 そして、もう一点。

 優秀な家庭教師を派遣してもらうのも重要だ。

 これは社交界に確固たる地位を持つ元王女であるお母様に全ての人選を任せた。

 王立学園への入学は半年後になる。

 それまでに魔法をものにしたい。

 いざという時、自分の身すら守れないのはもどかしいし、持って生まれた魔法の才能を捨てるのは勿体ない。


 しかし、さすがに人任せだけで、どうにもならないものがある。

 自身の努力で得られる成果に他ならない。

 前世で三十七年間生きた記憶が決して、無駄になっていないのが不幸中の幸いだろう。

 淑女教育や知識は受けるまでもない。

 目を瞑っていても余裕でこなせる自信があるのだ。


 一番の問題は魔法……。

 前世で三十七年生きたのに自分の魔力量が多く、魔法の才能があると気付いた時が遅すぎた。

 自分の運命をどうにも出来ないと気付いた頃に分かって、どうしろというのだろう。


 全てが手遅れだったのだ。

 だから、今度はそんなへまはやらかさない。

 魔法の家庭教師を頼んだから、抜かりはないだろう。


 ただ、それだけでは駄目なんだと思う。

 使っていないと腕は衰えていくものらしい。

 何より、実戦経験がとても大事であって、得難いものだとも聞いている。


 そこで考えたのが冒険者として、活動することだ。

 これなら、自分を鍛えられるだけではなくて、何かあった時の基盤作りにもなるだろう。

 もし、身分を剝奪され追放されたとしても冒険者として、独り立ちして生きていく自信があれば、問題はない。


 そう考えて、お忍びで買い物をしたいと嘘をついて、城下町の冒険者ギルドを訪れた。

 あくまでも目立たないような服装を心掛けたつもりだけど、どこかのお嬢様と勘付かれた可能性がある。

 いくらお忍びで町娘風に偽装しているとはいえ、ノエミがついてきているし、護衛までいるのだ。


 目敏い者にはバレていないとは限らない……。

 でも、十二歳なら、ギルドに加入出来る年齢は満たしているはず。

 冒険者は自由の象徴とも聞いた。

 身分の貴賤なく、受け入れてくれるとも。


 ただ、あまりにあっさりと冒険者登録が完了したのでいささか、拍子抜けではある。

 E級の風の魔女エリー。

 それが冒険者としての私の名だ。

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