第6話 悪妻、憤慨する
「ノエミ、例の物をこちらに」
切り札は最後まで取っておくものよ。
さぁ、ご覧あれ。
ノエミに持ってきてもらったのは大きな木製のケース。
長さは一メートルをゆうに超えているし、象嵌に彩られた外観は荘厳そのもの。
私はケースから、ソレを恭しく取り出すと彼に差し出した。
「これはもしかして、アンサラーか?」
「はい。当家に伝わる家宝ですわ」
さすがはモデスト。
アンサラーを一目、見ただけで分かってしまうなんて、十歳とは思えない慧眼よね。
アンサラーはグレンツユーバー家に伝えられてきた魔法の剣。
朱色の鞘には金の意匠が施されていて、ところどころに埋め込まれた魔力の込められた魔石が美術品としての価値も高めている。
でも、これは見た目を良くする為じゃないわ。
アンサラーから、力が漏れないようにするのが真の目的。
これだけでも凄そうでしょ?
柄にも金があしらわれ、大きな魔石が嵌められているから、美術品としての価値は天文学的数値という話もあるみたい。
光の聖剣と呼ばれていた時代もあるんじゃなかったかしら?
でも、私に甘いお父様でさえ、アンサラーをモデストに引き渡すという今回の話をすんなりと受け入れてくれなかったわ。
私は一人娘。
本来は婿養子を迎え、アンサラーを引き継ぐべきなんだから。
それを渡しちゃうのよ?
男の子なら……いえ、男なら、絶対欲しい逸品でしょ、それ。
「セ、セ、セラフィナ! それは駄目だ」
「は?」
私がここまでしたのに?
駄目って何なの? ねぇ、何なの?
テーブルの上のティーカップがカタカタと震え出す。
屋内なのに髪が風に吹かれたようにフワッとしてきた。
我慢していたけど、もう抑えられないかも。
「お、お嬢様は少々、お加減がよろしくないようです」
ありがとう、ノエミ。
あなたが慌てて、大声を出してくれたから、どうにか助かったわ。
あのままだったら、魔力が暴走していたと思う。
顔合わせがそのまま、お開きになったのは言うまでもないわ。
最悪ですわ。
どう前向きに捉えようとしてもモデストのあの態度!
完全に失敗でしょ。
物で釣ろうとしても駄目なんて……もう打てる手がないんだけど、どうしよう。
ところが事態は思わぬ方に転がった。
私の浅い考えが及ぶものではなかったらしい。
何、それとしか思えない。
私の努力はほぼ無駄になった。
翌日、お父様に執務室へ来るようにと呼ばれたのだ。
今までこんなことはなかったから、いいことであるとは思えない。
覚悟して、向かう私を落ち込まないようにと励まし続けてくれるノエミには本当に感謝しかない。
「セナ。モデスト殿下がお前のことを大層、気に入ってくれたようだよ」
「ほぇ?」
ど、どういうことなの!?
あの男、一回もそんな素振り見せなかったじゃない。
むしろ、嫌われたんじゃないの?
お父様は何だか、ご機嫌でニコニコしているし、訳が分からないんだけど……。
どうやら私の思惑が全て、空回りしたということのようだ。
やたらと心が疲弊して、軋んだ気がする。
疲れたの一言で済ませたくないくらい、心がミシミシ言っているのではなくて?
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