第5話 悪妻、翻弄される
私が知っているモデストはこうだ。
あの日、初めて顔合わせをしたトリフルーメの王子モデストはこの世の全てを見てきたような暗い目をしていた。
闇よりも昏い澱んだ目とでも言うんだろう。
その目を隠すように前髪を伸ばしているんだけど、顔立ちは整っていて、それはそれはかわいらしい男の子だったのだ。
あまりにかわいくて、私は一目惚れした。
その挙句、とち狂った発言と態度で思い切り、マイナスのスタートを切ったのだけど。
ちなみにこんな影のある美少年のモデストだけど、私が殺された時よりもかなり、前だから……だいたい二十代後半の頃かしら?
栄養を付けすぎた結果、角の立たない言い方で言えば、恰幅のいい熊。
要は丸々と肥えてしまうのだ。
紅顔の美少年の面影がどこにもなくなるんだから、信じられないわ。
えっと……。
それで今、私に声を掛けてきたこちら様はどこのどちら様ですの?
真っ直ぐでサラサラの濡れ羽色の髪はおかっぱ頭みたいにきれいに切り揃えてある。
ちょっと切れ長の意志の強さを感じさせる瞳も夏空を映した海の青さのようにきれいで澄んでいて……。
君、大した美少年ぶりじゃない?
この世の地獄にいるような暗い目をしていたのに。
今日はどうしたっていうのよ?
お目目がキラキラ過ぎて、引くわ。
あのちょっと病んだ感じの薄幸の美少年はどこへ行ってしまったの!?
「は、はい? モデストさまですのよね? 本当の本当にモデストさまですのよね?」
第一声から、しくじった気がするわ。
私だって、彼のことをとやかく言える立場にあるのか、という話よね。
まず、着ているドレスが彼の瞳の色。
『私、あなたのことが好きです』という強烈なアピールをしているわ。
髪は縦巻きではなく、ストレートにして、ハーフアップでセットしてもらった。
メイクだって、ノエミが
モデストも私が高飛車な態度の高慢ちきなお嬢様だと思っていたのではないでしょうね?
『ラピドゥフルの薔薇』は決して、誉められるような二つ名ではないのよ。
悪名でもあるんだもの。
触れる者をその棘で寄せ付けない。
そんな風に思われていたのが過去の私だったのだから。
「お初にお目にかかります。私、セラフィナ・グレンツユーバーでございます」
席を立って、息を吸うくらいに自然とこなせるカーテシーをきれいに決める。
こともあろうにあの野……いえ、あのお方は顔を背けましたわ。
どういうつもりなのでしょうね?
もしかして、喧嘩をお売りになってらっしゃるのかしら?
「…………」
そして、何なの。
この沈黙は一体、何?
二人とも席に着いてから、一言も発していません。
針の
辛い!
この状況で鉄仮面でもかぶったように表情を崩さずにいられる私。
ある意味、凄いわ。
淑女教育を受けていた年季が違うのよ、年季が!
「あのモデストさま。やはり、このお話に乗り気では……」
「あっ。い、いや、そんなことはないぞ……いや、です」
本当、誰なのよ、あなた。
もはや、何を言っているのかも分からないんだけど。
どうしよう?
もう、こうなったら、私も二枚くらい猫をかぶってみるしか、ないかしら?
「私、今日が訪れるのをとても楽しみにしてましたのよ?」
少し、震え声で言いながら、上目遣いを心掛け、瞳を潤ませるのも忘れないわ。
私がこれだけ、したら……。
チッ。
また、顔を背けやがりましたわ。
もしかして、もう取り返しがつかないほど嫌われているってこと!?
まさかのマイナスからのスタート?
殺される時期が早まったとか、嘘よね。
「ぼ、ぼ、僕も楽しみであったようで……なかったようで君に会えて、良かったような気がしないでもないこともない」
はあい?
はぁ……何を言ってるのか、全く、分からないんですが。
『ちょっと何、言ってるのか、分かりませんね』と言ってやりたい!
だけど、言えないわね。
しかもどもっているのに意外とハキハキ喋ってるし……。
それにこのモデストは私の好みじゃないのだ。
ボソボソと小声で喋って、ちょっと影がある方が好きなのよ!
こう見えて、実はロマンス小説にかなり、はまっていた私だ。
理想の殿方像というのを想像しているうちに拗らせるだけ、拗らせてしまった。
挙句の果てに好みぴったりだったモデストにあの態度なんて!
「は、はぁ……そうですわね」
「…………」
また、だんまりですか、そうですか。
会話が続かない。
会話が成り立たない不毛な沈黙の時間だけで終わりそうなんだけど。
でも、私にはまだ策が残っているのよ?
勝負は私の勝ち! 私の最高の策の前にひれ伏すがいいわ!
おっーほほほほ!!
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