第4話 悪妻、狼狽する
一週間は短かった。
何も出来ていない。
これが正直な気持ち。
あっという間に過ぎ去り、これといった手は打てなかった。
そして、迎えた運命の日。
今日、私はモデスト・トリフルーメと顔合わせをするのだ。
大して、動くことが出来なかった。
私の生死を左右する重要な局面と言ってもおかしくないだろう。
「お嬢様。絶対、大丈夫ですよ。こんなかわいいお嬢様に惚れない男は男じゃありません」
メイクアップとヘアスタイリングを整えてくれるのは専属の侍女を務めてくれたノエミ。
今日の顔合わせを一世一代の勝負と言わんばかりにドレスまで気合を入れて、コーディネートしてくれた。
本人である私よりも気合が入っている気がする。
今は私付きのメイドに過ぎないノエミだけど、彼女ほど有能で真面目で……何よりも優しい子は私の傍にいなかった。
お世辞にも性格が良くない私にずっとついてきてくれて、侍女頭として、最後までいてくれた。
「ノエミ、ありがとう」
思えば、彼女に『ありがとう』とお礼の言葉を言ったことがあるだろうか?
いつも誠心誠意、真心を込めて仕えてくれた彼女。
憎まれ口を叩くばかりでお礼を言った記憶がなかったのだ。
私はなんと駄目な……いえ、愚かしい人間だったのか。
「お嬢様」
ウルウルと目を潤ませて、私を見つめるノエミの瞳はまっすぐで濁りの無い、きれいなものだ。
私とは違う。
外面だけがきれいでも私は彼女のようにきれいにはなれないだろう。
今の私には嫌というほど、分かる。
外だけを取り繕っても人は美しくないのだ、と。
「さあ、お嬢様。ご確認を」
ノエミが立ち鏡をこちらに向けてくれる。
そこに映っているのはどこから見ても死角の無い文句なしの美少女だ。
陽光で豪奢にキラキラと輝きを放つ蜂蜜色の髪は腰に届くほど長く、まるで黄金の川のよう……。
コホン。
あまりに自画自賛が過ぎましたわ。
この髪が昔から、自慢でしたの。
長い睫毛の下で瞳はエメラルドのように煌めいていて零れ落ちそう。
桜色にほんのり染まった頬と魅惑的な唇は……って、ふふっ、本当、馬鹿みたいね。
そんな美貌が何の役に立ったの?
上辺だけ取り繕ったって、意味がなかったのよ。
ラピドゥフルの薔薇?
そんな二つ名があろうと何の役にも立たないと私は知っているのだ。
「あなた、本当に冴えないわね」
細部をレースで飾り、フリルとリボンがたくさん、あしらわれた少女趣味全開の薄いピンク色のドレスを着た少女が片手を腰にあて、人差し指で失礼にも指差した。
指の先には何ら、感情を示さない涼やかな顔の少年が静かに腰掛けている。
少女の豪奢な蜂蜜色の髪は縦巻きにセットされており、まだ、あどけなさの残る容貌を隠そうとでもするかのように似合わない濃いメイクがされていた。
「拾ってあげたのは私だということ、お忘れなきように」
少年が自分に何の反応も示さないことがさらに気に食わなかったのだろうか。
少女はふんっと忌々し気に吐くと少年に背を向け、その場を去るのだった。
「……う様。お嬢さま、どうされました?」
「はぅ!?」
「大丈夫ですか、お嬢様。お身体がまだ?」
嫌なことを思い出しちゃったわ……。
あんな態度を取って、気に入ってもらえるはずがない。
それどころか、嫌われる以外の要素あるの?
本当にどうしようもない性格だったのね、私。
「大丈夫よ、ノエミ。本当にありがとう」
私がそう言うとノエミはかえって、心配してくれる。
どうして、こんなにいい子を邪険に扱っていたんだろう。
今度は間違えないから。
あなたの恩にも報いてみせるわ。
さぁ、ここからが私の戦場。
ノエミが知恵を絞って、考えてくれたドレスのコーディネートは完璧だ。
勝負ドレスがなぜ、深い海を思わせる濃紺色なのか。
この色はモデストの瞳と同じ。
あなたに興味があると予め、示しておく。
これが重要なのよ。
こちらが嫌いと思うと相手もそれを感じてしまう。
人間とはえてして、そういう生き物。
なら、逆ならどうかしら?
いける。
いけるわ! 勝ったわね。
ええ? あれ? おかしいわ。
前回は確か、モデストが先にいて、私が待たせたのよね。
今回は私が待たされる側なの?
ええ、かまいませんとも!
受けて立ちますわよ。
はぁ……。
遅い……。
遅いですわ……。
おのれ、モデスト! 臆したか!?
行儀が悪いですけど頬杖をついて、溜息を
「あれ……セラフィナなのか? おかしいな。派手なお嬢様じゃない……だと」
ん?
良く聞こえなかったけど、変な呟きが聞こえた。
目を向けるとそこには顔合わせの相手であるモデストの姿がある。
あれ?
私の記憶のモデストと違いません!?
どうなってるのよ?
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