第12話 悪妻、混乱する
モデストは私の手首を掴んで強引に引っ張った。
痣になっちゃうんじゃないかというくらいの強さで掴まれているから、痛くてしょうがない。
これは私のことなんて、何も考えてないんでしょう?
自分の思うがままにしたいことをしようとしているだけ。
手首だけじゃないよね。
私は動きにくいドレスを着てるんだよ。
それなのにそんなところまで考えが及んでいないのよね。
分かってる。
靴だって、子供用ではあるけど、ヒールのある物だ。
そんなに早く歩けないし、不安定な姿勢になるのだから、つんのめってしまいそうになるのに気遣ってくれない。
着かず離れずの位置に三人がいてくれるから、心強くはあるけど立場上、何かあっても……。
あぁ、ナル姉はそんな
私の為にそこまで怒ってくれるのだ。
素直に嬉しいのだけど、やってしまうと後々、面倒なことになるから、やめて欲しい。
そうならないようにマテオ兄が止めてくれることを期待しよう。
「これを見せたかった」
ぐいぐいと引っ張っていたモデストの足が急に止まった。
庭園の一角にある生垣だった。
そこだけは妙に手入れが行き届いているように見える。
透き通るようにきれいなピンクの花弁で彩られた薔薇が咲き誇っていた。
さながらパステルピンクの可愛らしい壁といってもいいくらいだ。
「きれいですね。愛情をかけて面倒を看てもらっているのが分かりますわ」
つい瞬きを忘れて、見惚れてしまう。
そんなきれいな薔薇だった。
この薔薇を手入れしている人が愛情を込めて、世話をしているのだろう。
本当にきれい。
ずっと見ていても飽きないかも……。
「そうだろう」
あなたがどうして、そんな自慢気に言うのかしら?
そっとモデストの顔を窺ってみると私の言葉に余程、気を良くしたのか薄っすらと笑みまで浮かべている。
だから、なんでよ?
「ぼ、僕がやった」
「そうですか。へ?」
あっさりと聞き流しそうになった。
衝撃的な一言じゃなかった?
モデストがお花の手入れをしたですって?
天気が変わっちゃうわ。
ううん。
世界が滅びの日を迎えるかもしれないわ。
あなた、生き物の面倒とか、絶対にしないタイプだったじゃない。
そうよ。
あなたは自分の子供に一滴でも愛情を注いだことある?
ないでしょ?
お手付きになった侍女を追い出した挙句、産まれた子に会いもしなかったのを私が知らないとでも思ってるの?
そんなあなたが薔薇の手入れですって……信じられない。
「この薔薇を君に捧げる」
「は、はい。ありがとうございます?」
おまけに私に捧げるって、聞こえたんだけど。
何? 幻聴かしら?
どこかで頭をぶつけたの?
それとも悪い物でも食べた?
何かに憑りつかれているんじゃないの?
怖いっ、鳥肌が立ちそう。
嬉しいよりも怖いという思いの方が強い。
モデストの唐突なカミングアウトで本日の顔合わせはお開きとなった。
帰宅する際にモデスト自らがコーディネートしたという豪華な花束を手渡された。
ピンク色の薔薇をメインにコーディネートしたらしい。
うわぁ。
鳥肌を通り越して、震えが来ちゃいそう。
え? 嬉しいからですって?
怖いのよ! 絶対、何か企んでいるわ。
『まあ、何だ。うん、頑張れ……』と察したらしいマテオ兄に優しく、肩を叩かれた。
良く捉えると素直。
というよりは単純で乙女心に満ち満ちているナル姉は『凄い素敵な花束じゃない。本当は愛されていたんじゃない?』と自分のことのように喜んでいる。
ノエミも涙ぐんで『お嬢様、よかったですね』と言っている。
おかしい。
調子が狂ってしまう。
こういう計画だったはずなのに……。
私を殺したあの男をぎゃふんと言わすにはまず、私のことを忘れられないくらいに依存させなくてはいけない。
それで私がいないと駄目っていうくらいに堕落させる。
骨抜きにしてから、一気に崖下に叩き落としてやるのだ!
それなのにこれじゃ、え? あれ?
私を好きにならせる手間が省けたから、いいって考えるべきかしら?
何でこんなに心がざわつくんだろう……。
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