サクの戦い
「我、正義のテーマを履行する者!
ライアンが開始と同時にサクに突撃していく。
腰に携えた剣を大きく振りかぶり、気合いの入った形相で一撃を放たんとサクの脳天目掛けて勢いよく振り下ろした。
「おっと」
サクはポケットに手を突っ込んだまま少しだけ跳躍すると自然と体が横に移動し、迫り来る剣を回避する。
振り下ろされた剣は空を切り、そのまま地面へと叩きつけられ────
ドゴォォォォン!!!
「おー、見るからに筋力を増加させる系の魔法だな?」
訓練場の地面が盛大に砕かれ、激しい土煙が覆い尽くす。
その様を、サクは感嘆とした様子で横から眺めた。サクの表情に焦りはなく、どこまでも余裕を貼り付けている。
「くそっ! 当たらなかった!」
ライアンは剣を横に薙ぎ、土煙を払う。
そして、横に移動したサクの姿を捉えると、もう一度サクに向かって突進していく。
だけど、サクは獰猛な笑みを浮かべると、ポケットから片腕を取り出し、そのまま『何かを引っ張るように』後ろに引いた。
「
「んうぉあ!?」
すると、ライアンの体が急に勢いを増してサクに向かっていき、足は宙に浮いた状態で何かに引っ張られるように胴体が先行して進んでいった。
サクはライアンが横を通り過ぎる直前、向かってくる胴体目掛けて思いっきりの蹴りを放つ。
「ごふっ!?」
「攻撃をする機会がほしかった、悪いな」
鈍い音と感触が伝わると、ライアンは今度はサクとは反対方向に体が転がっていく。
地面に何度もバウンドをし、やがては壁に衝突してしまった。
「次はお前だ」
そして、もう一度サクは手を後ろに引く。
今度は動き出していないロイスの胴体がサクに向かって引っ張られていった。
だが、サクの攻撃範囲に入る直前、サクの頭の中で何かの糸が切れるような音が聞こえた。
「あ?」
それと同時、サクに引っ張られていたロイスの胴体は急に止まり、小さく笑ったロイスは自分の足でサクに向かって突進していく。
「やぁぁぁぁぁっ!!!」
大きな雄叫びを上げ、同じく腰に携えた剣を隙だらけの構えで振りかざす。
離脱を図ろうとするサク。先程と同じように体を横に動かそうとするが────
(ん……?
一向に体が引っ張られる気配がない。
サクの魔法────
だが、魔法を発動したのに一向に引き寄せられる気配がない。
そこから考えられるのは────
「なるほど……それがお前の魔法か」
「はいっ! 魔法名はないですけど、『平和』の魔法です!」
隙だらけの斬撃を避けながら、サクは興味深そうに頷く。
きっと、ロイスの使用した魔法は『一定範囲内の魔法の効力を失くす』というものだろう。
そうでなければ、急に
面白い魔法だ、正しく争いがない『平和』をテーマに掲げていると、サクは再び感嘆する。
だが────
「近接戦を勉強しなきゃ、せっかくの魔法もお粗末になっちまうよ!」
「あがっ!?」
サクは振り下ろし様に体を横にズラし、顎目掛けて拳を放つ。
綺麗にヒットしてしまったロイス体は宙に浮き、そのまま地面へと崩れ去ってしまった。
「魔法士にも近接戦は必須科目だ。魔法ばかりに頼ってるようじゃ、魔法士にはなれないぜ────というか、俺ですら魔法士の中では弱い方なのに、全然ダメダメじゃねぇか」
そんなことを呟きながら、サク倒れたロイスを見下ろす。
何か反応があるかと顔を覗くが────ロイスは綺麗に白目を向いてしまった。
(ありゃ……ちょいと力を入れすぎたかね?)
さり気ないハプニングがいつ起きるか分からない。弟子にいつでも裸を見られてもいいように、こっそりと筋トレをしていたのが仇となったなと、サクは苦笑いをした。
「平民風情がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
続いて壁まで転がっていたライアンが、血相を変えて再び飛び出してくる。
先程と全く同じ姿で、剣を振り回しながらサク目掛けて迫った。
「レパートリーが少ない……これは減点かもな」
「うるせぇよ、平民がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
顔に血が上っているのか、サクの小さな呟きにも激昂してしまう。
魔法士は戦場に赴くことが多い。そこで冷静さ欠くような人間は集団の足でまといであり、命を落とす危険がある。
だからこそ、魔法士は常にクレバーな思考を維持し、何事にも冷静に対応しなければならない。
しかし、ライアンの行動はその逆。故に、サクは大きくため息を吐かずにはいられなかった。
「多分、カーミラもアーシャも落とすだろうから早く終わらせたいけど……だからといってアイラに魔法を見せてやりたい気も────いや、いいや」
サクは眼前に迫ったライアンの姿を見て、開き直った。
「終わらせてしまおう。弟子とはゆっくりとまた青空教室でもすればいいや────とりあえず、自由時間の確保だ」
サクは反対側の手もポケットから取り出すと、その手をライアンに向かって振るった。
「我、強欲のテーマを履行する者なり────
その瞬間、虚空から巨大な岩の塊が飛び出し────
「あがばっ!?」
ライアンの胴体に直撃していく。
鈍い音と何かが崩れ去る音が聞こえ、岩の塊は突然消えてしまった。
♦♦♦
「す、すごい……」
少年の一人が地に伏せた時、客席ではアイラが輝くような瞳を向けていた。
意識が注がれているのはもちろん師であるサク。輝くような瞳には、少しばかり熱のようなものが篭っていたのは、きっと気のせいではないだろう。
「流石は師匠です! 二人とも相手にならなかった!」
試合が終わってから時間もそれほど経っていない。
ということは、戦闘の光景から見たら分かる通り、サクの力が────いや、魔法士の力が圧倒的だったということ。
サクの戦闘はそれほど見たことはない。アイラが実際に目にしたのは今回を含め二回、大体の授業が一対一であったため、サクの勇姿は見れていないのだ。
だからこそ、久しぶりに見る光景に興奮してしまうアイラ。
だが────
(師匠! 何をやっていたか全く分かりませんでしたよ!?)
見て学べと言っていたが、どれもが理解のできない範疇にあった魔法。
特に最後の岩が飛び出してきたのは全くを持って原理が分からない。どこから出てきた物で、どうやって出てきたのか、どれもがアイラの可愛らしい頭では思いつかない。
習っていないもの関してはちんぷんかんぷん。多分教えてくれるだろうと思いつつも、この後のテストが怖くなったアイラ。
「け、けど……これが強欲の魔法────私も、いつかは師匠みたいになるんだから!」
拳アイラはを構えて気合いを入れる。
存外、アイラはポジティブで前向きな女の子。
魔法士になりたいという欲望の強いアイラは、きっと強欲のテーマにするべき少女だったのかもしれない。
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