ふたたび

はおらーん

ふたたび


11月が近づくと段々と憂鬱になってくる。12月生まれの紗和にとって、誕生日のある12月は決して好きな月ではなかった。紗和は学校から帰ってくると玄関に置いてある大きな買い物袋に気づいた。中身が見えない黒いビニール袋の中身は既に想像がついている。お風呂から上がって寝る準備をしようとしていると、お母さんから呼ばれた。


「さわちゃん、そろそろ寒くなってきたら今日からつけるんよ?」


まだ大丈夫だよーと軽く流そうとすると、「去年もおばあちゃんちに行ったとき…」と恥ずかしい小言がはじまりそうだったので、ハイハイわかりました!と話を遮って青いパッケージを抱えて急いで2階の部屋に戻った。


(もう5年生なのに…今年はさすがに大丈夫だって!)


紗和は心の中でボヤキながら、パッケージの封を切る。パッケージには、4,5歳くらいの男女が映っており、「一晩中のおしっこも安心!」と大きく書かれていた。「おむつは卒業!」とも大きく書かれているが、紗和は「おむつみたいなものだよね」と内心思っている。おむつとれっぴーという名称も5年生の紗和にとっては余計に恥ずかしい気がする。あまりパッケージを見ないようにして、紗和は一枚抜き取る。パジャマのズボンとパンツを一気に膝まで引き下げ、テープを剥がしてパンツに押し付ける。久々だったので一度粘着部分同士がくっついてしまったが、無理やり引きはがしてパンツに張り付けた。


お母さんが階段を上がる足音が聞こえ、「さわちゃん、きちんとできた?」とドアの向こうから話しかけられる。同時にお母さんは部屋の中に入ってきた。


「もう5年生なんだから一人でできるって!」


「一応、ね!去年だっておばあちゃんちで…」


「もうそれはわかってるから!」


お母さん紗和が一度パッドを押し当てて履いてしまったパンツをもう一度引き下げる。膝まで一旦下ろすと、ギャザーを丁寧に指で立て、フィット感を確認するようにパンツを引き上げる。紗和にとっては、実質お母さんにおむつを履かせてもらったのと変わらない気持ちだった。4年生でまだおねしょが心配なだけでも恥ずかしいのに、お母さんにきちんとおねしょパッドを当てられているか確認されるのは余計に恥ずかしい。


「ね、おかあさん?」


「なあに?」


足回りを触りながらフィット感を確認するお母さんに紗和が尋ねる。


「今年の冬あんまりおねしょしなかったら、もうおむつパッドしなくてもいい?」


「そうね~、去年もだいぶ回数減ってたし、今年10回以内ならもう来年からしなくてもいいかなぁ」


「ホント?約束だよ?」


「わかりました。約束にします」


お水の制限もがんばるよ~と横で喜ぶ姿を見て、そこまで紗和にも気持ちがあるなら約束するかとお母さんも心に決めた。


紗和自身、年中おねしょに悩んでいるわけではない。昼のおむつがとれるのは早かったが、なかなか夜のおむつはとれなかった。小学校に入ると週の半分くらいに減ったが、2年生、3年生になっても、どうしても寒い時期になるとおねしょの回数が増えるのだった。お母さんと紗和との約束で、11月~2月ごろの気温が下がる時期だけ、おむつを履くようにしようと決めていた。3,4年生になるとお店でおむつを買うのを紗和が嫌がるようになり、おむつ自体も履きたくないと駄々をこねるようになった。妥協案として、パンツに貼るタイプの、いわゆるおねしょパッドを使うことになったのだった。年齢が上がるにつれておねしょの頻度は減ってきていたこともあり、お母さんは紗和の提案に乗ったのだった。





-2-


「じゃあこれでおねしょパッドは卒業ね!よく頑張りました!でもまたおねしょしたらおむつに戻すからね~」


「やった!お母さんもうおねしょしないから新しいパンツ買ってよ~」


目が覚めた紗和は、瞬間的に自分の体に起きたことを察知してベッドから飛び起きた。この冷たい感覚には覚えがある。少し懐かしい感覚すらある。紗和は2年前のお母さんとの会話を鮮明に思い出していた。5年生の冬に卒業したはずのおねしょを、中1になった今再び経験している。おねしょが治った記念に、6年生の春に初めてベッドを買ってもらった。今まではおねしょで汚すからという理由で、布団しか許されていなかった。紗和の部屋には小さなこたつ以外の暖房器具はなく、おねしょから時間が経って冷え切ったシーツが紗和の足にまとわりついていた。


「おかあさーん!」


心の中でなんとか隠さなきゃ!と一瞬思ったが、シーツ、ベッド、部屋着…どれをとってもお母さんに黙って処理できるものではない。諦めてお母さんを呼ぶ。


「何!朝っぱらから!」


朝ごはんを作っていたらしいお母さんは、ぷりぷりしながら紗和の部屋にやってきた。部屋に入った瞬間、においで察知したらしい。


「おねしょした?」お母さんは真顔で紗和に聞く。怒っているというよりは、純粋に驚いているようだ。


「たぶん…」


お母さんはにおいを気にしたのか、とりあえず窓を開けて、紗和にベッドの上で部屋着を脱ぐように指示した。そのままベッドから降りるとカーペットを汚してしまうかもしれない。紗和は、部屋着にしているトレーナーを脱いでベッドの上の濡れていないところに放り投げる。背中までぐっしょり濡れているようで、トレーナーの後ろは色が変わっている。紗和が残りのシャツやパンツを脱いでいる間、お母さんは別の部屋から電気ストーブを持ってきて、紗和に向けてくれた。手には洗面器とタオルが入っている。


「とりあえず座って足出して」


「うん、なんかごめん…」


「いいから」


お母さんは持ってきたタオルで紗和の足をぬぐった。おねしょがついているかもしれない足でお風呂まで行くと掃除が余計に大変になる。小5までおねしょの面倒を見たお母さんの知恵だった。


「とりあえずそのままシャワー行って。あとは片付けしとくから」


シャワーを浴びて着替えた紗和だったが、その日の朝はお母さんも洗濯に追われて結局バタバタしたまま学校へ向かった。11月も半ばに迫り、かなり気温も下がっている。紗和は「まさかな…」と思いながら通学路を急いだ。


しかし紗和のまさか、は現実となった。2年ぶりにおねしょをしてから、おねしょは4日連続で続いている。お母さんは怒らずにおねしょの片づけをしてくれているが、怒られないのが逆に不気味なように紗和には思われた。


一方お母さんは、紗和のことを心配していた。片付けに手間がかかるのはさておき、何か体に異常があるのか、それとも気がかりなことがあってストレスになっているのか… お母さんは、ふと先日学校で行われた担任との面談について思い出していた。学校の成績や部活の話がメインだったが、「最近少し友達関係で悩んでいるかもしれません」と面談の最後に担任が話していた。女の子同士に些細なやりとりだと思うが、念のため気を付けて見ておきますと担任が話していたので、あまり気に留めてなかった。反抗期に片足突っ込んでいるような娘に、友達関係のことを聞いても余計にこじれそうだと考え、とりあえずはおねしょの対策だけ話しておこうと思った。


「さわちゃん、ちょっといいかな?」


「ん」


中学生ともなると反応もそっけない。スマホをいじりながらリビングのソファに寝転がっている。お母さんの声のトーンに、紗和もなんとなく夜の話だろうなと察した。


「もう4日続けてでしょ?ちょっとシーツ洗うのも大変だし、ベッドににおいつくのもイヤでしょう?」


「そだね」


おねしょする自分が悪いのはよくわかっているが、素直にはなれない。スマホから視線を外さずに返事だけする。


「ちょっとさ、対策だけしとかない?もしかしたら今日はしないかもしれないけど…」


お母さんは言いにくそうに提案する。おねしょパッドを卒業した日はお母さんもよく覚えている。そのことを思うと、簡単にもう一度おねしょの対策をしてほしいとは言えなかった。中学生とは言え、13歳になる娘にもう一度おむつを履いてほしいとストレートには言えなかった。


「対策って?」


紗和も何のことを言っているかわかってはいるが、自分で口に出すのは恥ずかしい。


「ほら、5年生まで使ってたでしょ?とれっぴー」


「ん」


イエスともノーともとれない返事をする。今晩からとれっぴー使うね!と明るく言うわけにもいかないだろうなとお母さんも察する。


「今晩だけ、ね。今晩だけ使ってみよ。明日してなかったらもうしなくていいから」


「ぅん」


さっきの返事とは違い、かすかにイエスのニュアンスが感じ取れる。紗和も4日連続おねしょした手前、イヤとは言えない。


「クローゼットの中の段ボールにあると思うから、一応確認しといてね」


それだけ紗和に伝えると、お母さんは家事に戻っていった。紗和は渋々自分の部屋に戻り、クローゼットを開けた。昔は、クローゼットを開けるのがイヤだった。クローゼットの端には、いつも夜使っているとれっぴーのパッケージが置かれている、それを見るたびに、自分はおねしょの治らない子なんだと思い出さなければいけない。それに、友達が来ているときにもしクローゼットを開けられたら…と思い、誰かが遊びに来るときはいつも厳重にクローゼットの奥の方にパッケージを押し込む必要があった。


「どこにあるんかな…」


紗和はいくつか段ボールをクローゼットの外に運び出しながら、お母さんの言う段ボールを探す。スキマに顔を入れてみると、一番奥に「さわ おねしょ」とマジックでデカデカと書かれた段ボールを見つけた。一応過去の品とはいえ、あまりに恥ずかしくて目をそむけたくなる。しかも今からこれを使うとなれば余計に恥ずかしい。おねしょと書かれた面を向こう側に向けて、段ボールを奥から引っ張り出した。段ボールをを開くと、懐かしいおねしょパッド以外にも、紗和には記憶のない小さいサイズの紙おむつ、低学年のころに使っていたオヤスミマンなどがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。


「うわ、なっつ!」


ついつい中を探りながら思い出に浸る。オヤスミマンはくしゃくしゃになったパッケージに10枚ほど残っている。取り出して開いてみたが、今の体ではまったく入りそうにない。お母さんと買い物に行ったとき、ドラッグストアで同級生を見かけておむつを買うのをやめてほしいとお母さんに泣きついたことをふと思い出していた。紗和は段ボールから使いかけのおむつとれっぴーのパッケージを取り出した。段ボールには未開封のものも一つ残っている。5年生で卒業した時に、お母さんに捨てといてと言った記憶もあったが、おそらくお母さんが念のためにとっておいたのだろう。とりあえず今晩使う1枚だけ枕の上に放り投げて宿題に取り掛かり始めた。


「さわ、とれっぴーあった?」


お母さんは晩ごはんの片づけをしながら紗和に聞いた。


「うん、一応」


「一応ってナニ?段ボールの中にあった?」


「そう。てかマジックで変なこと書かんとって」


「何が?」


「別にいい」


あまり詳しく聞きたくも言いたくもなかった。紗和はサッとお風呂に入って寝る準備を整えて部屋に戻った。


ドアを開けると、イヤでもパッドが目に入る。そのまま枕の上に置いておくのもと思い、さっさと当てようと手に取る。2年ぶりのおねしょパッドは、少し物足りない気がした。5年生の時は体も小さく、パッドがとても大きく感じた。実際にパンツに貼ると、股がゴワゴワして妙な違和感があった。それが中学生になって身長も体重も増え、月のものも来るようになった。久々にパッドを手にした紗和は、生理用品のちょっとおっきい奴じゃんと思ったのだった。


「こんなんで漏れないんかな…」


幼児であれば、パッケージにある通り一晩中のおねしょでも大丈夫だろうが、体が成長した中学生でも大丈夫なのか紗和は不安になる。かと言って他の対策もないので、仕方なく2年ぶりのおねしょパッドにお世話になることに決めた。あの時と同じように、テープを剥がしてズボンとパンツを膝まで下ろす。あの時よりは手際もいい。ふと、部屋にある姿見に視線が移った。


「ん…」


「中学生になったら身だしなみも大事にしなきゃ」とおばあちゃんが買ってくれたものだった。かわいらしいベッドと姿見で女の子らしい部屋になったと紗和自身も喜んでいた。今そこに映っているのは、おねしょが治らずパッドをパンツに押し付けている女の子だった。パンツとズボンを下ろし、膝を曲げておねしょパッドを張り付ける姿は不格好で情けない。紗和はすぐに姿見から視線を外して、パンツをズボンと一緒に引き上げる。上から触ってみるが、ビニールのカサカサという音が妙に恥ずかしい。小学生の時ほどゴワゴワ感は気にならないが、それでも股の異物感はぬぐえない。心の中をおねしょやおむつという言葉が通り過ぎる度に一瞬カッと心が熱くなるのを感じながら、できるだけ気持ちを穏やかにして紗和はベッドに潜り込んだ。「明日してなかったらもう段ボールごと捨てよう」と心に決めていた。





-3-


お母さんは、リビングの暖房を入れながらテレビをつけた。朝の天気予報では、今日は全国で木枯らし1号が吹いているとキャスターが解説していた。


「お母さん…」


朝ごはんの準備にとりかかろうと思っていたお母さんは、リビングに入ってきた紗和に気づいた。いつもは大声で起こさないと降りてこない紗和が、自分からリビングにやってきたので、なんとなく察しはついている。


「ダメだった」


紗和は俯いてそれだけポツンと言った。一見汚れていないように見えたが、紗和が脱衣所に向かうために後ろを向くと、股下から膝の裏あたりまでぐっしょりとグレーのジャージが濡れているのがわかった。


「さわちゃん、おむつは丸めてゴミ箱に捨てといていいから。ベッドはお母さんが片付けとくからね」


中学生になってからはちゃん付けで呼ぶことはなかったが、つい紗和の様子を見て小学生のときのようにさわちゃんと呼ぶ。紗和は返事をせずにこくんと頷いて脱衣所に向かった。脱衣所のドアを閉めた紗和は、声を出さずに泣いた。おねしょしたのが恥ずかしかったのか、おねしょパッドから漏れたからなのか、お母さんに優しさが見えたからなのか、紗和自身にもわからない。気を落ち着けてから、ズボンとトレーナーを脱いでいつものカゴに放り投げる。パンツはたくさんのおねしょを吸収したパッドで垂れ下がっていた。紗和が手をかけると、大きなカタマリはそのまま床までドスンと音を立てて落ちた。パッドをパンツから剥がすというよりは、パンツの方を剥がしている感覚に近い。汚れているのでパンツを指の先でつまんで同じく洗濯物のカゴに放り投げる。パッドはお母さんの言う通りに丸めてゴミ箱の中に入れておいた。


朝の食卓は沈黙が流れるだけだった。普段も会話が多いとは言えないが、紗和の淀んだ様子を見て、他の家族も誰も会話を始めようとしない。紗和は、いってきますを言うこともなく静かに学校へ向かった。


紗和が出たのを見て、お母さんは紗和の部屋へ向かった。部屋をあけると、ツンとしたにおいが鼻をつく。ベッドの濡れた部分からは掛布団がよけられ、シミの跡がはっきりと見えた。丸く濡れた後の真ん中に、乾いた楕円形が二つついている。おそらくパッドが吸収しきれずギャザーを超えてサイドから漏れ出したのだろう。仰向けで寝ていた紗和のお尻部分だけが濡れずに残ったのだった。


「やっぱりパッドじゃ無理があったか~。小学生の時ですら何回か漏れたことあったもんね」


お母さんは独り言を言いながら、お昼になる前に買い物に出ることを決めた。ベッドからシーツを外し、寒いとは思ったが部屋の窓を全開にする。閉め切っていてはベッドのマットレスが乾かない。洗濯のために脱衣所に入ったが、そこでも部屋と同じようににおいが鼻をつく。おしっこは少し乾燥したころが一番くさい。急いで紗和の部屋着やパンツ、シーツを洗濯機に放り込んで回し始めた。ごみ箱の中のにおいの元凶は、ビニール袋で二重に縛っておいた。




-4-


ドラッグストアの棚の前でお母さんは悩んでいた。パッドですらあんなにイヤそうだったのに、本人の承諾ナシに中1の娘に紙おむつを買って帰るのがいいのかどうか、決めきれずにいた。小学校4年生の時に、「もうおむつ履きたくない」と涙目で訴えてきた紗和の顔を思い出す。もうオヤスミマンではサイズが合わないと、一緒に近所の薬局に行ったが、スーパービッグと書かれたパッケージの前で紗和は泣き出したのだった。結局、パンツにおねしょパッドを貼ることと、おねしょシーツを敷くことで紗和も妥協した。結果的に妥協案は奏功し、自然学校や修学旅行もパッドで乗り切った。どちらも春だったのでおねしょはしなかったが、紗和自身は安心して眠れたようだった。


お母さんの頭にあったのは、2月の課外学習のことだった。家のおねしょは自分が頑張って処理すればいい。しかし、紗和の学校では2月に課外学習ということで泊まりの行事があった。それも、今年はスキー研修ということで、北陸まで行くことになっている。ただでさえ寒い時におねしょがぶり返す紗和にとって、無事に終えられるわけがないと悟っていた。最初はパッドが機能すればと楽観的に思っていたが、今朝の惨状を見る限り中学生の紗和のおねしょは吸収しきれない。あとは紗和が嫌がる紙おむつに頼るしかないとお母さんも心に決めた。


「すいません、ちょっとお伺いしたいのですが…」


「はい、なんでしょう」


お母さんは近くにいる店員に声をかける。紗和の身長と体重を伝えて、どのおむつがいいか聞くことにした。


「お子さんは寝たきりですか?」


「いえ、違います。自分で履けますので」


店員は紗和のことを障害のある子供と勘違いしたのかもしれない。最初テープタイプのおむつを手に取ったが、お母さんは履くタイプのものを、と訂正した。結局35㌔まで対応と書かれたおねしょ用の紙パンツを購入することにした。心の中で紙おむつでしょうと思ったが、店員が頑なに紙パンツと呼ぶので合わせることにしておいた。店員なりの配慮だったのかもしれない。同じサイズでピンクのパッケージのものもあったが、大きく「ムーニーマン」と書かれていたので、紗和が嫌がると思い青いパッケージのジュニアパンツを一袋購入した。帰宅したお母さんは、ジュニアパンツのパッケージを紗和のベッドの上に置き、いつもの家事に戻った。




「ただいま~」


紗和が帰ってきた。朝ほどの落胆ぶりではなさそうだったので、お母さんも少し安心する。リビングに入ってきたお母さんは言葉少なく紗和に伝える。


「さわ、部屋に置いてるから。あとは使うかどうか自分で決めていいよ。失敗してもお母さん片付けてあげるから」


一瞬紗和が真顔になる。はっきりとは言わなくても、何の話か察しがつく。


「ん」


いつものようにぶっきらぼうに返事をすると、学校のカバンを背負ったままリビングを出て部屋に戻る。ドアを開けるとすぐに青いパッケージが目に飛び込んでくる。「ナイトジュニアパンツ」と書かれたパッケージには、パジャマ姿の女の子のイラストが描かれている。パッケージの下に、お母さんが書いたメモが挟まっていた。


【2月にはスキー研修もあるので、恥ずかしいかもしれないけど紙おむつを準備しました。使うかどうかは紗和が決めてください。もしおむつを使わずにベッドを汚してもお母さんが片付けます。お母さんより】


メモを読んだ紗和は、一度パッケージを手に持ってみる。振り返ると、また姿見に自分の姿が映っている。中学校の制服を着て、カバンを背負った少女が紙おむつのパッケージを腕に抱えている。おねしょが治らなくて、制服のままおむつを買いに行かされたのだろうか。そんな想像が頭をよぎって途端に恥ずかしくなりパッケージをベッドに放り投げた。






「紗和!7時過ぎてる!早く起きなさい!」


リビングからお母さんの怒鳴る声が聞こえるが、紗和は一向ベッドから出てくる気配がない。寒いと起きる気もしない。お母さんが階段を上がってくる音が聞こえる。バタンと扉が開き、「紗和!」と怒鳴りながらお母さんが入ってきた。


「今日はシャワー浴びるの!?」


布団をかぶったまま「いらん」と紗和が答える。しびれを切らしたお母さんが無理やり布団をはぎ取ると、「もう!」と言いながら紗和が体を丸めた。


「ホントにシャワーいらないみたいね」


4日続けて濡れていたベッドは綺麗なまま紗和が手繰った方にシワができている。その代わりに、紗和のハーフパンツは大きく膨らんでいた。


「濡れてないからタオルで拭くだけでいい?」


「う、うん、そうね」


紗和がおむつを履いて寝るかどうかお母さんは半信半疑だった。今年の冬は毎日洗濯に追われるだろうと思って紗和のシーツを買い足そうと考えていたが、その心配はいらなくなりそうだ。


「漏れてなかったら部屋で着替えてもいいでしょ?おむつ捨てる用のごみ箱あるといいんだけどな」


「わかった、また買っとくから。とりあえず今日はこの袋に入れといて」


お母さんは濡れた部屋着とシーツを入れようと思って台所から持ってきたビニール袋を紗和に手渡した。後は自分でできるから、と紗和から追い出されてしまった。


紗和はベッドから立ち上がって姿見を見た。一晩中のおねしょを吸収して垂れ下がったおむつは、ハーフパンツの上からでもはっきりとわかる。ハーフパンツを脱ぐと、支えきれなくなって余計に垂れ下がる。紗和は両サイドを破って一旦おむつを床に下ろした。くるくると巻きこんでテープで留めるとお母さんから預かった袋に入れてきつく縛った。紙おむつのパッケージは、クローゼットに入れずにベッドの横に置くことにした。恥ずかしいものを隠すのではなく、おむつを使わずに寝れるようになるぞという紗和の決意でもあった。ハーフパンツを履きなおして1階に下りた紗和は、笑顔で食卓についた。




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