第59話ちょっと嬉しい自分もいる

 エレベーターから降りたリカコは、庁舎の正面玄関に向かって歩みを進める。


 ええと、正面から出て左手の路肩だったわね。

 カエからきたLINEをもう一度確認しようと、正面玄関を出たところでリカコはスマホを開いた。


長谷川はせがわさん?」

 そんなリカコを呼ぶ声に、反射的に顔を上げる。

「杉山先輩」


 目の前には、見慣れた制服姿ではなく、白シャツに黒いスキニーパンツと、ラフな格好の杉山。


「え。

 ここ、警視庁前ですよ」

 思わず現在位置を確認してしまったリカコに、杉山が笑いだす。


「そうだね。

 俺だって、こんなところで長谷川さんに会うなんてびっくりだよ。

 ところで何用?」

「ああ」

 まさか警視総監に呼び出されたとは言えない。


「父が、警察関係者なんです。

 ちょっとお使いを頼まれて」

 確かにリカコの養父は科捜研に在籍している。

 嘘はついていない。お使いはともかく。


「杉山先輩こそ、どうしたんですか?」

 話題を変えたくてリカコも疑問を口にした。


「へぇ、なんかすごい偶然。

 俺は兄がここに勤めてるんだ」

「お兄さん警察官なんですか?」

 マズい。顔が割れると、不用意にうろうろできなくなるわね。


「若いのに警視庁勤務なんて、なんかカッコイイですね。

 どこでお仕事されているんですか?

 私、捜査1課くらいしかわからないんですよ」

 にこっと笑って話を促す。

 所属くらいは確認しておきたい。


「カッコイイって、普通に勤め人だよ」

 杉山はふてくされたように少し顔をそむけた。

 その仕草に、リカコは先日の奥階段の1件を思い出す。


「俺も仕事の事はよくわからないけど。

 確か、『そたい5か』とか言ってたかな」

 組織犯罪対策5課。

 ここ連日の内偵は、全部組対そたい5課がらみよ。

 まあ、直接捜査員と私たちが絡むわけじゃないけど、近寄らないようにみんなにも言っておかないと。


「そたい5か。ですか。

 先輩は、お兄さんと待ち合わせなんですか?」

 聞いてはみたものの、よくわからないから話題を変える。

 そんな雰囲気を出しつつ、話題を振りなおした。

 こちらの用件は済んだし、ここからは早めに退散したい。


「うん。

 今日は早く上がれるらしくって。

 昼飯おごってくれるっていうから、わざわざ都内まで出てきちゃたよ」

 嬉しそうに、杉山の顔が微笑む。


 兄弟か。

 そんな杉山の顔に、リカコの心が少しだけざわめく。

 ……うらやましい。のかな、兄弟とか、家族とか。


「いいですね。

 美味しいもの、いっぱい食べてきてくださいね」

 リカコも微笑むと、軽く会釈えしゃくをして杉山に背を向けた。


「長谷川さん。

 この前の事、俺は本気だからね」

 トーンを落とした杉山の声につい足が止まる。


 困る。

 でも、ちょっと嬉しい自分もいる。

 こんな時はどんな顔をすればいいのかしらね。


 背中に杉山の視線を感じつつ、リカコは少しだけ振り返って微笑むと、警視庁の外門をくぐった。

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