第56話眠っていたスキルが開花したんだよ

「今日の予定は1日がかりね」

 駅で待ち合わせたリカコさんがホームで小さなため息をつく。

 見つめるスマホのToDoはどうやらビッシリらしい。


 今日は本庁で〈おじいさま〉からのお呼び出しがあった日。

 リカコさんと待ち合わせたんだけど、今日は毎月最初の日曜日にある師範の訓練日でもあったりするんだよね。


 なので。


「僕たちは師範のところで訓練があるから午後は府中の警察学校まで行かないと。

 今回はカエも参加するんでしょ?

 師範喜ぶよ」


 道着どうぎやらなにやらの荷物を抱えたまま、護衛もかねてってことでみんなで本庁に社会科見学。

「師範絶対にSだもん。サボってた分も含めて、めちゃイジメられるよ。


〈おじいさま〉の用事は午前中で終わるよね。

 最近は怒られるようなことはしてないつもりなんだけどな」

 リカコさんを見上げると、にこりと笑ってくれる。


「そうね。

 思い当たることと言えば、せりかさんの件。内偵中の怪我。

 後は……。テレビでニュースになっちゃった件かしら?」

「明らかにそれだろう」

 イチの冷たい視線。

 してました。怒られること。


「霞が関から府中までなら車で30分程度かしらね。

 今日は私も警察学校まで行くわ。

 久し振りに射撃場の使用許可が出たの。ペイント弾だけど」

 本当にうれしそうにリカコさんが微笑む。

 確かに、サバゲー《サバイバルゲーム》でもしてない限り、そうそう発砲出来る機会とか場所とかないもんね。


 ホームに滑りこんでくる電車に乗り込み、あたしたちは霞が関の警視庁へ……。

 行きたくないよぉ。

 怒られるってわかってて。



 ###


 ひんやりと冷たい空気の漂う地下の駐車場。

 いつもあたしたちが使わせてもらっている黒バンに荷物を置かせてもらおうと、真影さんに連絡しておいたんだけど、あたしたちの方が早く着いちゃったみたい。

「ちょっと早かったわね」

 時計に目を走らせるリカコさんの隣で、イチが辺りをキョロキョロと見回しだす。


「どうした?」

 カイリも気づいたくらいだもん、みんながイチの奇行に注目。

「いや、なんか……。

 なんだ。その」

 徐々に鋭く、正体不明の何かを見抜こうとイチの視線が辺りをうかがう。


 あたしは何も感じない。いつもの駐車場の、コンクリートの無機質な空気。

 ジュニアを見ても特別な違和感は感じていないみたい。

 あたしと視線が合って、小さく肩をすくめる。


「えと、あれだ、なんだ、ちょっとトイレ。

 後で連絡する」

 えええっ?


 肩透かし気味の一言と荷物を残して、車の入ってくる音の響く駐車場からイチが走り去っていく。


「何今の?」

「よっぽどトイレを我慢していたんじゃないの?」

 あたしの疑問にジュニアの楽しそうな声。

「もしくは、イチの眠っていたスキルが開花したんだよ。

 名付けて『葵ちゃんに遭遇エンカウント』」


 ん?

 葵ちゃん?


 どういうことかとジュニアを振り返ると、視線の先に青いラインの入った白い大型バン。

「鑑識の車両ね」

 リカコさんの納得したような一言に、駐車させるや否や後部のスライドドアから葵ちゃんが飛び出してきた。

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