第55話オレンジと紅茶の層を作るグラス

 森稜しんりょう市役所を左に見て歩道を歩いて行く。

 昨日の定例会で確認した防犯カメラの映像は、ここが最初の目撃場所。

 つまりここから周辺の防犯カメラの範囲の中にキバたちの潜伏場所がある確率が高いということになる。


 あくまでも可能性。

 襲撃のあった周辺であることを加味しても、もちろん防犯カメラのある通りをすり抜けている可能性は捨てきれないけどね。

 ってジュニアが言ってた。


 で、足を使ってさかのぼって歩いてみたんだけど、当然道路は1本道なんかじゃないわけで。


 カイリとリカコさん。

 イチとジュニアとあたし。

 2手に分かれて色々歩いたけど、ばったりキバ達に行き合うなんて都合のいい事もなく。

 とりあえず街探索は不発に終わっちゃった。




「うーん。

 まさに無駄足」

 寮のリビングでぐぐぐぅっと足を延ばすあたしの前に、カイリがお茶を置いてくれる。

「あ。昨日ジュニアが飲んでたやつだ。

 ありがとう」


 オレンジと紅茶の層を作るグラスにガムシロを注ぐ。

 あたしのお向かいではリカコさんが同じ紅茶をストローで混ぜるのに合わせて、氷の音が小さく響いた。


「あれー。

 昨日僕が頼んだ時には作ってくれなかったのに。

 ズルい」

 部屋から出て来たジュニアはほほをプーッと膨らませる。


「レディ達は頑張って歩いただろう。

 しかも不発じゃむくわれない」

 グラスをかき混ぜるあたしの横でカイリはさも当然と口にする。

 これもある意味女尊男卑じょそんだんひかな。

 カイリの場合落差が大きいよね。


「僕も頑張って歩いたもん。

 情報収集もちゃんとしたんだからね」

 負けじと言い張るジュニアに、なんだかちょっと笑っちゃう。

 確かに自転車の荷台にも乗らずに頑張って歩いていたけどね。


「わかったわかった。

 ちょっと待ってろ。

 イチは?」

「コーヒー」


 何だかんだ言っても、カイリって最終的には動いちゃうんだよね。

 不愛想にオーダーに答えてあたしの横に座るイチとは別に、ジュニアはパソコンデスクのイスに腰を下ろす。


「何かめぼしい情報が入ったの?」

 パソコンを起動する音にリカコさんが顔を上げた。


「ちょっとした情報処理だよ」

 キーボードをはじく音に重なって、電子音が響く。

「リカコさん。

 スマホ鳴ってるよ」


 イチの覗くソファの横には、編みかごの中に入ったリカコさんのカバン。


「〈おじいさま〉からの直通電話だわ」


 グラスを置いたリカコさんは、カバンから携帯電話を取り出すと、玄関の方に歩きながら〈おじいさま〉との会話を始めた。

 入れ替わりにカイリがお盆を持って戻ってくる。


「何だろうね。〈おじいさま〉」

 特別誰かに聞いたわけじゃなかったんだけど、ジュニアに紅茶、イチにコーヒーを置いていくカイリがリカコさんを振り返る。


「いい要件であった試しがないだろう。

 また内偵依頼なら、ちょっとストライキも視野に入れないとな」


 カイリの顔が、少し怒ったようにリカコさんを越え、玄関のその先を睨みつけた。


「カエちゃん。週末空けておいて頂戴。

 〈おじいさま〉からお呼び出し。

 一緒に本庁にお出掛けしましょう」

「ぶわぁぁぁ。

 最悪だ」


 戻って来たリカコさんの一言は、何よりも衝撃をもたらしてくれた。

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