第25話カイリはカイリで……

 少し遅れて始まった体育の授業も、まるで身が入らない。

 先生も、また誰かが倒れたりしたら。と気が気じゃ無いようで、ただ時間が過ぎるのを待ったような6時間目は消化不良な感じを残したまま終了した。


 リカコさん。


 やっぱりカイリの言うように無理しすぎちゃってたのかな。

 廊下を運ばれていくリカコさんの姿が衝撃過ぎて、頭を離れない。


 やっぱり。

「ごめん。先に教室に戻ってて」


 渡り廊下から校内に戻った所で、先を行く深雪たちに声をかけると、あたしは保健室へと足を向けた。



 ###


 コンコンコン。

 保健室のドアを叩いて顔を覗かせる。

「失礼します」

 消毒液の匂いというか、独特な空気の一室で白衣を着た養護教諭があたしを振り返った。


 ベッドは2台。

 その両方共が仕切りのカーテンを開け放っていて、中には誰もいないのは明白で。


「どうかした?」

 30代半ばくらいかな。

 動きの止まったあたしに、声をかけてくる。


「あの。5時間目の終わりに女子生徒が運ばれてきたと思うんですけど」

 いないのは分かっているけど、黙って帰るわけにもいかないし。


「ああ。

 ちょっと前に気付いて終業のチャイムで教室に帰って行ったわよ」

 事も無げに言う先生に、あたしは頭を下げる。

「ありがとうございました」

 流石に2年の教室にまでは行けないしな。

 後でLINEしておこう。



 ###


 保健室のベッドで由美の残していってくれた制服に着替え、体操着を胸に抱えて教室の扉を開ける。

 教室の前の扉から社会の武藤先生が出ていったのを確認してから、リカコは後ろの扉を引いた。


 主に女子から「大丈夫?」の声を聞き、リカコは軽く返事を返して自分の席に着く。


「理加子」

 すぐに駆け寄ってくれた由美の不安を抱えた顔付きに、申し訳ない気持ちと感謝の気持ちが混同する。


「ありがとう由美。

 制服助かったわ」

 原因は明らかに睡眠不足による体力低下に過労。

 まだ多少のダルさが残る身体に違和感があるが、動く事に差し支えはない。


「いいよ。

 理加子がちゃんと復活出来て良かった。

 それよりさ」

 安堵の後に、にひひっ。と、いたずらっ子の笑みを浮かべて、由美が耳打ちをしてくる。

(この顔。何となくカエちゃんに似てるのよね)

 耳を貸しながらふと、裏表のない可愛い妹分の顔を思い出した。


「ちゃんと烏丸くんにお礼しておきなよ」

(カイリ?)

 急に出てきた思いもよらない名前にリカコの目が丸くなる。


「かっこよかったんだよ。

 あたし去年は同じクラスでさ、なんか変な人。のイメージだったんだけど」

(うん。付き合い長くても、変な人のイメージだよ)

 口には出さないけれど、由美の話に相づちを打つ。


「理加子が倒れた時、先生がクラスの男子に

『4、5人。運ぶの手伝え』って声かけたんだけどね。

 恥ずかしがっちゃってみんなが顔を見合わせてたら、クラス違うのに烏丸くんがスッと出てきて、ひょいって理加子の事抱き上げて、スタスタスターって」

「え」

 由美の嬉しそうな話し方に反比例するように、思考が停止する。


「烏丸くんに抱えられてるの、クラス中に目撃されたわけだ……」

 その光景が脳裏に浮かんで、どうにか言葉を絞り出す。

 先生か、もしくは複数に抱えられて運ばれのだろうとは思っていたが、まさかカイリとは。

 全く接点のない男子生徒に運ばれるのもイヤだが、カイリはカイリで……イヤだ。


「クラスどころか、次の授業で体育館に来てた1年生にも目撃されてたよ」

(いち……)

「1年っ?」

 リカコの脳内を一気にカエ、イチ、ジュニアの顔が埋め尽くす。

(~。みんなには。

 せめてジュニアにだけは見られていませんように)

 鬼の首を取ったようなジュニアの顔がアップになり、そう祈らずにはいられない。


「そう言えば烏丸くん。なんか怖い顔してたなぁ」

 思い出したように由美の唇がつぶやく。

(あ。もっと自分をいたわれって、怒られたばっかりだったものね)

 リカコの胸にあった恥かしさと、ちょっとした怒りが、一気に罪悪感に押し流される。


(ちゃんと謝っておこう。お礼とね)


「長谷川さん」

 胸に手を当て、ちょっと反省。のリカコに廊下側から声がかかる。

「お呼び出し」


(カイリ?)

 視線の先。扉の影には背の高い男子生徒が立っていた。

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