第26話うちの正義の味方

 2年2組の教室をぐるりと見回す姿に、正面から声がかかる。

「烏丸くん、遅い」

「由美ちゃん。

 長谷川は?」

 腰に手を当てカイリを睨みあげる由美が残念そうに続ける。


「ついさっき、杉山先輩に拉致られた」

 一瞬考えたカイリが、思い当たらず由美を見る。

「生徒会の3年生。

 細身で背が高くて、勉強出来て信頼がある。

 烏丸くん。頑張んないと勝ち目無いわよっ」


(勝ち目?

 普通にやり合ったら、そうそう負けはしないと思うけど。

 そんなにひ弱そうに見えるかな?)

 むしろ鍛え上げた肉体は、学生には立ち向かう気さえ起こさせないだろうが、勝ち目の論点がすでにズレている。


「長谷川が戻って来たら、送って行くから待ってろって伝えてくれる?」

 由美の忠告を意にも返さず、伝言を頼むと教室を後にする。

「いいけど」

(理加子が誰を選ぶかは理加子次第だからね)



 ###


 2年生の階から3年生の階に降りる奥階段の踊り場、クラス別の教室に近い中央階段に比べて人気が無い。

 てっきり教室前で済む用事と思っていたら、こんな所まで先導されて来てしまった。


 窓ガラスから入る午後の光を通して、背の高い杉山の影が伸びる。

「ゴメンね、こんな所まで」

「いいえ」

 小さく答えて、少し照れ臭そうにしている杉山の顔を見上げる。


(身長はカイリとさほど変わらないかしら)

 ただ、身体つきのいいカイリと比べると、細身の杉山はどうしても軟弱に映ってしまう。

(高校生ならむしろ、こっちが普通よね)

 イチにしろジュニアにしろ、あまり普通でない男性環境に思わず笑いそうになる。

 まぁ、そもそもの生活環境からして問題山積だったりするが。


「体育で倒れたって聞いて。

 大丈夫だったか、気になっちゃってさ」

 ズレてしまった思考を戻して目の前の杉山に意識を向ける。


(あの騒動は掘り返して欲しくないんだけど)

「もう大丈夫です。

 ちょっと睡眠不足だったのがよくなかったみたいで」

 にっこり笑って、

 心配かけてすみません。

 と続けるが、


 一刻も早くこの場を立ち去りたい。


 笑顔の裏で気が焦りだす。

 自惚うぬぼれと言われればそれまでだけど、今のリカコにとってはこのシュチュエーションは遠慮願いたい。


 今は何よりも大切な物がある。

 カエ、カイリ、イチ、ジュニア。

 ここを守りたい。


(カエちゃんも私も、仕事をするからこそ養父母の所でお世話になってる。

 カイリ達だって、寮を与えられている。

 恋愛事に興味が無いわけじゃないけど、今の私じゃキャパシティ・オーバーだわ)


「頑張り過ぎな所あるからね、長谷川さんは。

 あんまり抱え込まないで、気を付けて休まないとダメだよ」

 微笑んでくれる顔に、この先輩が慕われる様子がよくわかるのだけど……。


 その顔がフッと引き締まる。

「その頑張りが心配だから、今日の帰りは送らせてくれないかな?

 その、出来ればこれからも……」


 パタパタパタパタ。


 唐突に、階段を駆け下りてくる音がして会話が中断される。


 その勢いの良さに、少し角に寄って場所を空けようとして、階段から出てきた顔に驚かされた。


(カイリっ)


「お。いた」

 リカコの顔を見て、そのまま話し出す。

「今日倒れただろ?

 送って行くから用意しておけよ。教室で待ってるからな。

 じゃあ、失礼しました」

 最後の一言は先輩の杉山に向けて、一礼をして嵐の様に過ぎ去って行った。


「……えぇぇと」

 残された杉山が呆然と呟く。

(あっ)

「すみません。そういう事・・・・・なので」

 ぺこりと頭を下げて、リカコも足早にその場を去る。


(そういう事って、どういう事かしら)

 苦笑いで自分にツッコミを入れる。

 確実に勘違いされただろうが、今はとりあえずよし。

(極々まれに、満点の登場をするのよね。

 うちの正義の味方)

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