第23話勝つ気はしないけど

「ただいまぁっ」

 イチに鍵を開けてもらっておいて、寮の扉を一番にくぐり抜ける。

 自分ちじゃないけど、ここは妙な古巣感。

「おかえりなさい」

 リカコさんの落ちついた声にも、なんだか顔がにまにましちゃう。


 イチとジュニアが自室に戻る中、ソファ横のカゴの中にスポバを入れてリカコさんの座るパソコンデスクを覗き込む。

「カエなに飲む?」

「いつものっ!」

 キッチンから聞こえるカイリの声に大きく手を挙げると

「カフェの常連客か?」

 ブツブツ言いながらもきっとお砂糖たっっぷりの紅茶を入れてくれている。


「お金払うならもっと美味しいお茶とケーキが食べられるところに行くもん」

 ここからじゃカイリの顔は見えないけれど、キッチンに向かって小さく舌を出す。


 小さく笑うリカコさんのスマホが着信を知らせた。


「葵ちゃん?」

 リカコさんの電話の相手は警視庁勤務の鑑識官、葵ちゃんらしい。

 長身細身に長めのショートカット。

 本名は……そう言えば知らないなぁ。

 何かとこっそり情報を提供してくれるんだけど、職務規定違反だよね。きっと。


 コトリと音をさせて、ソファ横のローテーブルにカイリがコップを3つ置いていく。

 葵ちゃんとお話し中じゃしばらくは終わらないな。


「ありがとう」

 マイカップの紅茶を取ってソファに腰を下ろすと、ほとんど同じタイミングでイチとジュニアが部屋から出てきた。


「あっ。ジュニア」

 頭にパッと思い出す。

「ね。近いうちにさ、ちょっと手合わせしてもらいたいんだけど」

 ソファに近づくジュニアの足が止まる。

「いやー」


「ばっさりだねっ。

 1回だけでいいから。

 勝った方は……カイリのおごりでノエルのケーキ食べ放題。で、どう?」

 拝む手の陰からチラッと顔を覗かせる。

 ちなみにノエルはジュニアがお気に入りのケーキ屋さん。


「乗った」

「よしっ!」

 ガッツポーズのあたしの後頭部に、カイリの手刀が落ちる。

「こらっ。誰のおごりだって?」

「痛った。

 いいじゃん。ケチー」

「ケチー」

 あたしに続いてジュニアも声をあげた。

 ちなみに、イチは知らん顔でお茶に口をつけている。


「次の日曜は少年剣道の稽古日なんだ。

 たつみさんにお願いしてちょっと早く開けてもらっちゃうからさ」

 森稜署は第1第3日曜に、署内の道場で剣道教室を開催している。

 あたしもたまにお手伝いに駆り出されたりするし、場所の確保は問題なし。


「どっちが勝つかしら」

 電話を終えたリカコさんが近くのイチに声をかける。

「普通にいったらジュニアだけどな。

 カエは食い物絡むと妙に強いとこあるし」


「じゃあカエちゃん?」

「いや、ジュニアだろ」


 って。

「即答っ?

 見てなさいよっ。

 勝つ気はしないけど」

 ビシッとイチを指差す。


「ダメじゃねぇか」

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