第11話りんごの皮も剥けないくせに ✴︎

「先輩、穏便にね」

 あたしが振っといてなんだけど、吹き飛んだままピクリとも動かない相手が可哀想になってくる。

 残り3人。

 内1人は完全に腰が引けている。

 呼吸の荒い深雪の背中をさすりつつ、相手の動向にも気を配っていると、1人が懐から小振りのナイフを取り出した。


「りんごの皮も剥けないくせに、こういう時ばっかりチラつかせるんじゃ無いよ」

 そう言って、カイリの注意がそちらに向いた瞬間。

 ヒュッ!

 風を切る音と共に、反対側からカイリの脇腹に拳が入るっ!


 取った!

 って思ったんだろうね。

 ナイフを構えた男子生徒が近づこうとして

 ゴッッ!

 頰をへこます拳の音に立ち止まる。


「あ。すまん。

 ケンカ慣れしてるなぁ。

 いい拳だったからつい、力加減が効かなかった」

 軽い感じで言ってるけど、殴られた方は一撃ダウン。

 流石、チーム随一の馬鹿力。

 小技で稼ぐあたしとは根本が違う。

 いいなぁ。でも素人とやりあっていいレベルじゃ無いんだって。


「ひぃっ!」

 やっと置かれている状況のマズさに気づいたか、腰の引けていた男子生徒がきびすを返す。

 その姿にチラリと目をやったナイフ所持男しょじお

 こちらに視線を戻した時には、目の前に迫ったカイリに腕を捻り上げられる。


「もう一押ししたら、折れる。

 またこんな事をしたら、次は確実に無い・・と思え」


 深雪もいる手前、獣の目で相手の耳元に囁いたカイリの言葉に、カクカクと人形の様にうなづいた。

 ナイフを取り上げ刃をしまうと、ヘタリ込む相手には目もくれず、投げつけたスポバを拾い上げあたし達の元に歩いてくる。


「彼女は、どうする?」

 深雪の様子に異常を感じて、カイリはあたしに顔を向けた。

「多分、渋谷の一件でPTSDに掛かったんだと思う。

 一旦うちに寄って、落ち着いてから帰そうと思って」

「心的障害後ストレス障害。だっけ。

 歩くのしんどそうだな。

 カバン頼んだ」

 ほいっとあたしにカバンを放ると、座り込む深雪を軽々とお姫様抱っこで抱え上げる。


 トサッ。

 キャッチし損なったカイリのカバンが道路に落ちた。

 右肩にはあたしと深雪のカバン。

 咄嗟に出した左腕は、一旦カバンを支えたものの昨夜の摩擦火傷の痛みに耐えかねた。


「……。

 左腕どうした?」

 ヤバい。顔に痛みが出たらしい。

「今は……。

 早く深雪をここから離してあげよう」

 話題をすり替えた事は、もちろんわかっているだろうけど、それ以上は何も言わずに歩き出すカイリの後ろ姿を追って、あたしも歩き出した。



 ###


「ただいま」

 事前に、家には連絡を入れておいた。

 流石にお姫様抱っこは恥ずかしい。と訴えた深雪と、カイリを伴って玄関をくぐる。

「お帰りなさい」

 奥のリビングから可愛らしい声が聞こえて、小柄で幼い顔立ちのせりかさんがパタパタとやってきた。


「いらっしゃい。

 話は聞いてるから、上がっていって」

 カイリと深雪の分のスリッパを出すせりかさんに、カイリが声を掛ける。

「俺は送って来ただけなんで、ここで失礼します。

 月曜だし」

「あら、残念。

 また遊びに来てね」

 にっこりと視線を交わした後、カイリがチラリとあたしを見た。


 月曜だし。

 毎週月曜は寮での定例会がある。

 一昨日現場の報告はもちろん、さっきは触れずに逃がしてやった左腕の事も説明しろ。

 と、一瞬の視線が語っていた。


 ふと、ジュニアの「自爆までは責任もたないよ」が頭に流れてきた。

 こんなに早くバレるとは。

 世の中なかなか上手くはいかないらしい。

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