第8話シルバーボールかな ✴︎

 背中のデイパックを手繰り寄せ、電源を落としたビデオカメラを押し込むと、ジュニアは梁の上に立ち上がる。

「リカコっ。非常撤退。

 とりあえず経路1で」

『了解。

 見張りは窓の下に1人、目立った武器は無し』

 すでに立ち上がっていたあたしとアイコンタクトを交わし、狭い梁の上を西側の窓に向かって猛ダッシュ。


「撃つなっ!

 ここは組の倉庫じゃないんだぞ。

 どこの組織か吐かせるんだ。

 捕まえろっっ」

 ラッキっ!

 梁の上に付けた赤い印を目安に、鋼鉄線のウインチを調整したジュニアがあたしに合図を出してきた。

 

 どおぉぉんっ!

 ジャンプして、デイパックを背負ったジュニアの背中に飛びつくと、そのままジュニアは梁から落ちて鋼鉄線の出ている銃を手に宙を舞う。

「アーアアァァァッ」

 うん。気分はターザンだね。

 狙うは窓ガラスっ。

 ガシャァァァンッ!

 ド派手な音を立てて砕け散るガラスと共に、闇夜に飛び出していくっ。


「うわぁぁっ!」

 突然窓から飛び出して来たあたし達に、情け無い声を上げる見張りの男。

 天井からだいぶ落下したとは言え、高さ2メートルは超えるかな。


 ジュニアのデイパックから手を離し、受け身をとったままゴロゴロと地面を転がるあたしに対し、ちゃんと足から着地したジュニアはすぐさま身をひねると、未だに何が起きたのか飲み込めていない見張りくんにドロップキックをぶちかますっ!


「うー。足がビリビリする」

 すでに走り始めていたあたしに追いつき、金網の向こうでリカコさんの待機する黒いバンを目指す。

「そりゃ、あの勢いで落ちたわけだし」

 ここは位置で言えば倉庫の裏手、ジュニアの蹴破った高い位置に付いた窓以外、外に出るには建物の反対側の出入り口に回り込まなくちゃならない。


 まぁ、どうにか逃げ切れるかな。

 決して楽観していたわけじゃないんだけど。

「危ないっ!」


 声と共にジュニアがあたしの身体に体当たりしてくる。

 パアアァァァンッッ!

 ほぼ同時になり響く発砲音に、腕に衝撃と火傷のような熱を感じた。


「あっつっ!」

 すぐ隣の倉庫に続く壁の隙間に転がり込む。


「撃たれたっ?」

 デイパックを下ろしたジュニアが、お揃いの黒いツナギを着たあたしの腕を引く。

「ちょっと引っ掛けただけ。

 折れてもないと思う」


 支給品のツナギの二の腕からは焦げ臭い匂いが鼻に付く。

 銃は、その殺傷能力もさる事ながら、発砲時の衝撃や摩擦熱も立派にエグい。


「どこから弾が出てきたの?」

 身体中が心臓になったかの様に、バクバクと音が聞こえる。

 デイパックの中を漁るジュニアに聞こえない様に、ゆっくりと呼吸を整えていく。


「わからない。

 でもね、スゴイ嫌な感じに背中を射抜かれたんだ。多分さっきのサングラスの男」

 さすがジュニア、動物的勘の良さ。


 デイパックから出したジュニアの手には、3つのゴムボール。

 の様に見えるもの。

「何色がいい?

 シルバー、レインボー、ブラック」

 にぱーっと嬉しそうに顔がほころぶ。


「レインボー、新顔さんだね」

「じゃあ、みんながいるときにしよう。

 今日は対銀龍会だから、シルバーボールかな」


 シルバーのグリッターを散りばめた、キラッキラのこのボール。

 ジュニアお手製の〈フラッシュバン〉各種。


 バスジャックや、立てこもりなどが起きた際に稀に使われる特殊手榴弾のことで。

 殺傷能力はなく、音や光などで一時的な難聴や失明を引き起こさせ動きを奪う。


「引き付けるだけ引き付けてから行こう」

 デイパックを背負い直し、タイミングを伺う。

 どこから撃たれたのかわからない以上、迂闊には出られない。

 正面の出入り口をまわってきた人の気配と足音が徐々に増えていく。


「お前ぇっ!

 昨日の夕方にこの倉庫を借りに来ていた学生だなぁっ!」


 突如あたし達に問いかける声に、ジュニアと目を合わせる。

 この事を知っているって事は、スーツ男。

 まぁ、昨日会ったのはジュニアじゃなくて、イチなんだけどね。


「その黒いツナギ。見覚えがあるぞ」

 っ!

 ジュニアと顔を見合わせる。

 やっぱりどこかで会ってたんだ。

 しかも、このお揃いのツナギ姿って事は、仕事中に……。


「片割れは渋谷のスクランブル交差点で、通り魔を投げ飛ばした女だな。

 ニュースの映像に、俺がどれだけ狂喜したと思うっ!

 2年ぶりだな。会いたかったぞっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る