第2話トラブルメーカー2号

「イチ、あれ」

 帰宅途中の電車の中、次の駅を知らせる電光板にニュースが流れる。

『渋谷区、渋谷駅前のスクランブル交差点にて、包丁を持った男が通行人を刺す事件が発生。

 女性2名が負傷』


「渋谷っ?」

 学校を出る時、カエは友達と渋谷に行くと言っていたはず。

「ちょっと、イチ!」

 座りきれずに数人の客が立っている車内。

 立ち上がりそうになるイチのワイシャツを引き、ジュニアがシートに座らせる。


(全く。カエが絡むとすぐ頭に血がのぼるんだから)


「落ち着きなよ。

 走ってる電車の中じゃ、何にも出来ないよ」

「……。

 どう思う?」

 ひどく大雑把なイチの問いかけに、ジュニアは小さく肩をすくめる。

「巻き込まれてないかって事?

 残念だけど、うちのトラブルメーカー2号カエは、そういうの引き寄せるタイプだからね。

 ちなみに1号はカイリね。あれは巻き込まれるタイプ」

「カイリの事はどうでもいいよ」

 頭の中に割り込んで来た1つ年上の同居人の顔を追い出すように、イチは軽く頭を振った。



 ###


「カイリっ!

 ごめん、カバン取って」

 キッチンから、お盆にアイスコーヒーを乗せて出で来たカイリに、リカコが声をかけた。


 キッチンから出ると、ちょうどソファ横のカバンを入れている網カゴの前を横切る。

 カイリはカゴからリカコのカバンを取り出すと、一旦お盆をサイドテーブルに乗せてからパソコンデスクに座るリカコに手渡した。


「ほら」

「ありがとう。

 今日はせっかくの短縮授業だったんだから、何も私に付き合って帰ってくること無かったのに」

 カバンからiPadアイパッドを取り出し、電源を入れるとパソコンの横に立てかける。


「最近内偵に入る回数増えただろ?」

 パソコンを挟んでiPadの反対側にリカコの分のアイスコーヒーを置くと、背の高いカイリはリカコの背後からパソコンを覗き込む。


「ホントよっ!

 6月に大きな麻薬畑ドラック・ファームが爆破で吹き飛んでくれたおかげで、単価は上がるし、品薄になるし、ヤクザも商品確保に大忙しだわっ!」

 倉庫らしい図面と、近隣マップを左右に開き、iPadに情報を入力していく。


 その爆破事件にしっかり関わった側として、カイリの顔に苦笑いが漏れる。

「次の取引は土曜日だったか。

 誰が出る?」

「ジュニアとカエちゃんの予定よ」

 iPadとにらめっこしながら事務的に答えるリカコに、カイリはアイスコーヒーをこぼしそうになる。


「カエも出すのか?」

「次の現場は隠れるところが無いのよ。

 天井の梁で動く事になりそうだから、あの子達がいいわ」

 話ながら、リカコが着信したLINEに目を走らせる。


「いくら証拠を集めたいからって、〈おじいさま〉も好き放題やってくれるよな」

 ウンザリとしたカイリの声は、リカコの耳には入らなかったようで。


「カイリっ!

 テレビ付けて、ニュース番組」

 スマホから目を上げたリカコが慌てた声を出す。


『……渋谷駅前で起きた刺傷事件の映像です』

 ちょうどテレビのアナウンサーから、画面が渋谷のスクランブル交差点に変わる。

 悲鳴と怒号。

 割れる人垣。

 その中心に立つ少女に走り出す男の黒い影。


「っ!」

 テレビの中の少女は、一切無駄のない動きで男を地面に叩き伏せた。


『見事ですね』


 アナウンサーの言葉なんて全く耳に入らない。

 カイリとリカコは同時にため息をついた。

「カエェェェっ!」

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